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一日百時間

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 完全に目を覚ましてから、その時間を考えることはほとんどないが、もし考えたとすれば、おぼろげな記憶しかなく、そこには意識は存在していないのかも知れない。それは何かの力が働いているからではないかという思いすらあり、その力というのは、他ならぬ自分の中から滲み出てくるものだったりするのではないだろうか。
 そんなことを考えていると、目を開けてから完全に目が覚めるまでに時間が掛かるというのは、誰にでもあることだという考えも、怪しく思えてきた。
――自分がそうなのだから――
 という思いは両面から考えることができる。
 言葉のニュアンスとしては、自分中心の考えに思えるが、香澄はそうは思っていない。むしろ、
――まわりがそうなのだから、自分もそうなのだ――
 という考えの方が強いだろう。
 だが、それを認めようとしないところが香澄にはあった。
 ネガティブなところがありながら、どこか意固地なところがあって、それを自分では精いっぱいのネガティブな性格に対する自分なりの抵抗のように思っていた。
 香澄は、決して自分が気が強い方だとは思っていないが、
――私は他の人と考えていることが違うんだ――
 と、心の奥では思っている。
 ネガティブになるのは、そんな思いが自分を内に閉じ込めておこうとする衝動に駆られているのだろう。
 それでも、どこか、他の人と同じではないと安心できない自分がいることを無意識に感じている。それが自分なりの抵抗を生む状況に自分を置いているのかも知れない。
 香澄は、目覚めの時間を時々夢の延長に思える時がある。
 基本的には現実世界のものだという思いなのだが、夢の内容によってなのか、目覚めの時に、どうしてもそれだけでは自分を納得させることができないことがあった。
「夢というのは潜在意識が見せるものだ」
 という話をよく聞くが本当だろうか。
 香澄は高校時代までは、その言葉を真剣に信じて疑わなかった。今でも基本はその考えに違いない。しかし、どこかそれだけでは説明できないことがある。それは香澄自身が、夢というものがどこまでで、どこからが現実世界なのかということをしっかり把握していないからだろう。
――だけど、本当にそんな私が考えているようなことを考えているような人って他にはいないわよね――
 と、またしても、他人と比較してしまう自分がいる。
 自分でもハッキリとした結論を得ることができないものを人の考えを想像して比較するなど、そう簡単にできることではないはずだ。
 香澄はその日の夢をいろいろ思い出す時間が、目覚めの時間ではないかと感じたことがあった。
 そんなことをすれば、ずっと目覚めないままになるように思えるが、実際は逆なのだと思っている。
 一度夢をハッキリと思い出してしまえば、その夢は中途半端な状態ではなく、完璧な状態として記憶の奥に封印されるように思うからだ。
 封印された時の夢は色褪せることはない。なぜなら、夢というものに、時系列という概念がないと思うからだった。
 記憶が薄れてしまうのは、時間が経ってしまうからだというのがすべてではないだろうが、その思いが大きく影響しているのは事実であった。
 香澄は、封印している記憶の中で、完璧に覚えている記憶は存在していると信じている。その思いが、
「本当は初めてのはずなのに、過去にも一度……」
 というデジャブを思い起こすのかも知れない。
 確かに、今まで目が覚めるにしたがって忘れてしまいそうになる夢を必死になって思い出そうとしたことがあった。それがどんな夢だったのか覚えていないが、怖い夢だったのは間違いないようだ。
 本当ならそのまま忘れてしまいたいと思うはずなのに、必死で思い出そうとしたのは、その時おぼろげに残った記憶が、実際の夢よりも恐ろしいものだったからに違いない。だから中途半端な状態で夢が格納されてしまうのを嫌ったのだ。
 中途半端な夢というのは、記憶の奥でも、封印される場所とは違うところだと思っている。
――封印されるところではなく、格納されるだけのところなんだわ――
 と思うと、いつ思い出すか分かったものではない。
 その時に自分がその中途半端な記憶を感じ、何を思うのかを考えると、それが恐ろしいのだった。
 夢を見てすぐの時でさえ恐ろしく思うのに、その恐ろしい夢を何の前兆もなく思い出すというのは、これほど恐ろしいものはない。下手をすると、しばらく意識から消すことができず、何も手につかなくなるかも知れない。それこそ、自分にとっての死活問題になりかねないと思った。
――災いの種は早いうちに――
 という思いから、一度ハッキリと思い出すことで、格納される場所ではなく、封印される場所に置いておきたかった。
 しかも一度完璧に記憶してしまえば、余計な気を遣う必要もない。中途半端な状態で思い出すから、対応するすべを知らずに、どうしていいか悩む結果になってしまうのだ。
 そんな夢を香澄は最近見た。
 その時の夢には、正孝が出てきた。
 記憶を失った正孝が必死になって自分の記憶を探していた。
 それを香澄は遠くから眺めていたのだ。
 決して近寄ることのできない距離にいる香澄、彼が彷徨っているのをどうすることもできずに、香澄自身もやきもきしていた。
 正孝は彷徨っているというよりも、もがいているようにも見えた。まるで水槽の中にいるかのように、空気抵抗にしては動きが鈍い。必死になって空間を泳ごうとしているのだが、見えない壁を意識しているのか、ひたすらパントマイムのように、目の前の空気をまさぐっている。
 香澄は、それが彼が失った記憶の中のできごとであることに気づいた。
――この人は、自分が探そうとしているものの中で、蠢いているんだ――
 つまりは、いくら探しても見つかるはずのないものだということを示している。
 香澄は、小さな檻の中に入れられているハツカネズミを思い出していた。
 中にあるのはハツカネズミの使うおもちゃで、絶えず走り続けるための小さな丸いジャングルジムのようなものだった。
――ハツカネズミは永遠に走り続けるおもちゃに乗って何を考えているんだろう?
 香澄は、子供の頃、ペットショップに立ち寄った時、ハツカネズミの檻を見て、走り続けるハツカネズミから目が離せなくなったことがあった。最初は、いつ休憩するのかが見たくてじっと見ていたのだが、なかなか休憩する気配がない。そのうちに意地でも見たくなって目が離せなくなったのだが、今から思えば、本当に休憩するところが見たいだけで、あんなに必死になって見ていたのかということが疑問に感じるようになっていた。
――ハツカネズミは、どうしてあんなに必死に前に進んでいるわけではないあの場所で走り続けるんだろう? ストレスはたまらないのかしら?
 と感じた。
 人間だったら、耐えられないことだ。きっと理性があるからだろうが、それだけ理性というものはもろ刃の剣のように、危なっかしいものなのかも知れない。
 もし、ハツカネズミをストレスなくつき進めているものがあるのだとすれば、本能なのだろう。
作品名:一日百時間 作家名:森本晃次