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一日百時間

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「不安というのは、いつも感じているような気がするんですが、どこから来るものなのか分からないですよね。だから、不安についてまだ感じていないのに、あれこれ考えるのはいかがなものなのかって思いますよ」
 と言ったところで、
――あれ?
 と香澄は感じた。
 こんなポジティブな言葉が香澄自身の口から、しかも、無意識に出てくるなど、自分でも想像できなかった。
――相手が自分よりネガティブな人だからかな?
 とも感じたが、見ている限りでは、自分ほどネガティブには思えない。自分に話をしてくれているのも、香澄が自分よりもネガティブな考えを持っているのが分かったからではないかと感じていた。
 老人は話を続けた。
「僕は退屈な毎日を過ごしていたんだけど、それも次第に慣れてきた。元々一人だったので、退屈な時間は、他の人ほど苦痛ではないからね。だって、最初から苦痛だという意識があったわけではないんだ。ただ、不安だけは他の人と同じようにあるんだよ。苦痛のない不安というのも、あまり考えられないことだろう?」
「確かにそうかも知れませんね。でも私も似たような気分になったことはありますよ。そんな時、なぜか、このまま同じ日が続けばいいなんて、今では考えられないようなことが頭をよぎったりしたんですよ」
 と香澄がいうと、彼は興奮して、
「そ、そうなんですよ。僕が言いたいのは、まさしくそのことで、やっぱり看護婦さんなら僕の話が分かってくれそうだ」
 と、鬼気迫る表情を浮かべて、自分だけが盛り上がっているようで、香澄は唖然としていた。
「どうしたんですか?」
 彼が何を言いたいのか、さっぱり分からないという表情を浮かべたが、本当は何となくだが分かっていた。他人から見れば、その場で興奮しているのは彼だけのようであるが、実際には、香澄自身もかなり興奮を覚えていたのだ。
――もし、今胸を触られても、感じないかも知れない――
 と思うほど、感覚的に興奮していた。肉体の感覚がマヒするほど感覚的に興奮するなど、今までにはなかったことだった。
――きっとこれからもないかも知れない――
 これが一生で一度のことかも知れないと思った。
――もし、一生のうちで誰もが一度だけ経験することであれば、今感じたのはいいことなんだろうか?
 またしても、香澄の奇妙な仮定が始まった。何か気になることがあれば、自分で勝手に仮定してみて、想像することの楽しみを覚えたのはいつからだっただろう。
「いや、まさに僕も同じように、今、同じ日を繰り返しているんじゃないかって思う時があるんだ。毎日の病院での規則正しい生活、入院患者が見舞いに来る人も決まっていて、話題を聞いているわけではないので、来た時間と帰った時間しか分からないが、それがまったく前の日と同じ時がある。それを感じた時、この日が前の日の繰り返しだって思ってしまうと、もう疑うことができなくなってしまうんですよ」
 ここまで言うと、彼は興奮状態から覚めたようだ。急に脱力感が感じられ、スーッと背中から蒸気のような白い煙が抜けていくのが見えた気がした。
――魂が抜けていくのって、こんな感じなのかしら?
 と思わせるような情景で、ぐったりとなった彼が頭を上げるまで、少し時間が掛かったように感じた。
 しばらくすると、まるでスローモーションを見ているかのように、実にゆっくりと彼が顔を上げた。その表情はまるで魂が抜けているようで、香澄はドキッとした。そして、彼が口を開くのを待った。香澄はすでに金縛りに遭ってしまっていた。
「同じ日を繰り返しているのって、私なんですよ」
 静かに口を開いた。
「あなたは、誰なんですか?」
「別人というわけではないです。ただ、彼がいつも押さえつけている自分なんですよ。驚かせてすみません。でも、あなたの中にも僕と同じような存在の人がいますよ。あなただけではなく、誰にでもね」
 そう言われると、少し気が楽になった。そして彼は続ける。
「同じ日を繰り返すというのは妄想ではなく、誰にでも起こっていることであって、自覚しているかしていないかだけのことなんです。中には自覚していて、先に進みたくないと感じる人もいるようですよ」
「私には信じられません。同じ日を繰り返しているということを想像しただけで、まるで真綿で首を絞められているような不思議な気分にさせられます」
「彼も最初そうだったんですよ。だから誰かに話したいと思ったんでしょうね。でも、皆同じことを思いながら、人に話すことを嫌うんです。それは自分の中にいる僕のような影の存在に、無意識に怯えているからなんですよ。きっとあなたも同じだと思っていますよ」
 どこから声がしているのか、唇が動いているようには見えなかった。
 夢を見ているようだというのは、まさしくこのことなんだろう。夢だという思いを抱いていても、その確信がほしい気がした。
 香澄は自分が夢を見ていたと確信できる瞬間があった。それは目が覚めたという自覚を感じる時だった。
 眠りから覚めて、目を開けた瞬間というのは、まだまだ頭がボーっとしていて、完全に目を覚ますまでには少し時間が掛かる。それは香澄に限ったことではないだろう。目を瞬かせて、瞼を活性化させることで目覚めを誘発している。目覚めというのは、目を開けてから完全に目を覚ますまでのことをいうのであれば、その時間は人によって異なるが、すぐに目が覚めてしまうような人はいないはずだ。
「あ、夢だったんだ」
 と感じた時、それが、目覚めの中でのどの段階なのかによって、夢を見ていたと確信できる時がある。
 夢を見ていたという意識があるのだから、確信なのだろうと思うのは性急である。心のどこかで、
――本当に夢だったんだろうか?
 という思いがあったり、
――本当に今日見た夢だったのだろうか?
 という思いもあったりと、確信できないことで、次にはその理由を模索しようと試みるのだ。
 だが、本当に夢だったと確信できた時は、そこからの完全な目覚めにはそれほど時間が掛かることはない。つまりは、目覚めに掛かる時間というのは、その時々でまちまちなのだ。
 夢を見ていない時は一定しているのかも知れないが、夢を見ていた時は、その夢の印象によって、変わってくるのかも知れない。
 あっという間に目が覚めたと思うこともあった。
 そんな時は夢の内容が頭の奥で燻っている時だった。そんな時に見る夢というのは、怖い夢を見た時だと香澄は感じていたが、覚えている夢の中でも、怖いと感じられないような夢も含まれている。
――夢を覚えている時というのは、本当に怖い夢を見た時だけなのだろうか?
 という思いと、
――それとも、本当は自分にとって怖いはずの夢なのに、目が覚めてから思い出すと、怖いという感覚ではない夢なのだろうか?
 と感じた。
 後者は、夢を見ている時と、目が覚めてからでは、自分の感じ方に違いがあるということを示しているが、それもあながちあり得ることではないかと思っている。潜在意識と現実での意識とが、まったく同じであるなどということは最初から思っていない。
――目を開けてから、本当に目覚めるまでというのは、まだ夢の中の世界なのではないのかしら?
 と感じたこともあった。
作品名:一日百時間 作家名:森本晃次