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一日百時間

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 精神的にはストレスが溜まっていくが、苛めに関わるよりもマシである。その思いがネガティブな発想を生むのか、ネガティブな発想があるから、どちらも自分にとってマイナスになることであれば、よりマシな方を選択するという当たり前のことを意識しないつもりで、本当は一番意識しているのだった。
 そんな発想が普段から身についているので、自殺などという思いが浮かんでくることはなかった。
――人と関わるから、自殺なんて思いになるんだわ――
 自殺を考える人は、少しでも今の状況からよくなろうという思いで必死にもがいているに違いない。
 確かに、今がどん底の状態で、それを乗り切れば、幸せが待っているという発想を抱き続けていれば、自殺なんて思わないだろう。しかし、どん底の状態から、耐えられなくなった時に感じるのは、
――このまま、永遠にどん底の状態が続いていく――
 という思いだった。
 そう思うと、生まれてくる発想は、どん底以上でもどん底以下でもない。つまりは、逃げることのできない現状に、自分が嵌ってしまったという現実に直面してしまったということだ。
 そこまで来ると、死を選ぶという発想が生まれるのも無理はない。
――この現状から逃げるには、もう死ぬしかないんだわ――
 放っておいても、じわじわ苦しんで死んでいくだけだという思いが頭をよぎる。それならば、
――一気に楽になりたい――
 と感じるのも無理もないことだ。
 そこに苛めが絡んでいて、苛める方にも、
――殺らなければ、殺られてしまう――
 という思いがあり、心を鬼にしてでもやらなければいけないというジレンマに襲われる。
 自分が原因で自殺した人がいたとしても、その人に対して、
「悪いことをした」
 と、思わないように必死になっているかも知れない。
 そこで認めてしまっては、今度は自分が同じ運命をたどることになるかも知れない。やりきれない気持ちが襲ってきて、それから自分がどうすればいいのか分からずに、そのまま存在が薄れていってしまうことだろう。
 香澄のまわりにも、同じように苛められているクラスメイトが自殺して、苛めが問題になったが、調査の結果、ハッキリとした証拠が出てくることもなく、限りなく怪しさだけを残した消化不良の状態が、やりきれなさの中に消えていった。そのうちに苛めをしていたであろう女の子たちは、そのまま存在が薄れていき、気が付けば学校にも来なくなり、誰も噂もしなくなった。
 噂をすることがタブーでもあった。そのうちに、そんな子たちがいたことも記憶から消えていき、自殺未遂があったことも、誰も何も言わない暗黙の了解から、誰もが記憶から自殺未遂の事実も消え去っていくようであった。
 正孝の自殺未遂の原因が、苛めによるものだとは言えない。もっと他に死にたくなるようなことがあったのかも知れないが、香澄には想像がつかなかった。ただ、頭の中に引っかかっていたのは、
「重い病を患っている」
 ということであり、
「治った」
 とは聞かされたが、それからすぐに香澄の前から姿を消したのは、まるで香澄に、
「僕のことを記憶から消してくれ」
 とでも言っているかのように感じたのだった。
 確かに、彼が忽然と姿を消したことで、しばらくの間、彼のことが記憶から消えていたように思えたのも事実で、思い出すことがあったとしても、すぐにまた忘れてしまっていた。
――記憶は幻だったのかしら?
 という思いがよぎり、また忘れていく。
 その繰り返しがしばらくあって、本当に思い出すこともなくなっていた。
「どうして、ナースになろうと思ったの?」
 と、看護学校時代に聞かれた時も、ハッキリと答えられなかった。
「重い病の友達が中学時代にいたから」
 という思いを口にするだけだが、説得力も何もあったものではない。
 なぜなら、香澄の中で感じているのは、それ以上でもそれ以下でもないということだったからだ。
「それだけ?」
 と言われてしまえば、どう答えていいのだろう?
 きっと聞きたいのは、その人との関係や、その後、その人がどうなったのかということを聞きたいのだろう。しかし、香澄には彼との関係について言葉にできることはないにもない。しかも、その後どうなったのかというのも分からない。つまりは、何をどう答えていいのか分からないのだ。
 親友相手であれば、
「うん、それだけ。それ以上のことは私も知らないのよ」
 と平気で言えるのだろうが、
「なあんだ、それだけなんだ」
 と言われた時、香澄の中で、
――正直に答えなければよかった――
 という後悔が襲ってくるのが分かったからだ。
 その時の言葉の抑揚がどれほど冷たいものか、想像がつかなかった。ただ、苛めに遭っているかのような感覚が湧いてくるように思えてならない。
 久保正孝がそれから少しして、急に病院からいなくなったのは、病院でもかなりショックな出来事だった。もちろん、警察には家族の方から捜索願が出された。とりあえず、見つかれば病院にも連絡が来ることになっていたが、何ら便りが届くことはなかった。
 そのうちに誰も正孝の話をする人もいなくなり、存在が薄く感じられるようになった。
 彼のことを話題にしないのは、「暗黙の了解」というわけではない。本当に話題にしなくなったのだ。
 彼の存在自体が皆の意識の中からいなくなり、記憶の中に移ったというわけでもなかった。
――存在自体がなかったかのように思えてきたのではないかしら?
 当の香澄自身も、
――本当に中学時代に気になっていた正孝君なのかしら?
 と、入院していた男性と正孝の間に接点がないように思えてきたのだ。
 香澄は、それでも久保正孝が入院していた時期のことが、あっという間だったような気がしていた。
 むしろ、正孝と一緒にいる時間は、本当にこの世のものと言える時間だったのかということを感じてさえいた。
――一回の夢の中に凝縮されていた記憶なのかも知れないわ――
 と感じたのは、
「夢というのは、目が覚める一瞬で見るものらしいんだよ」
 という話を聞かされたからだった。
 現実の世界と夢の世界では、流れている時間の違いが一番の大きな違いに思えてくる。その裏付けになるのが、
――目が覚めるにしたがって、夢を忘れていく――
 という感覚だ。
 夢の中では、逆に現実世界を意識してしまっているので、夢を見ているという感覚がない。どう考えても現実とは思えないことでも夢だとは思えないのは、それだけ現実世界に引き戻された時、夢を忘れてしまおうという意識が働くからではないだろうか。
――夢と現実の間には、超えることのできない結界がある――
 そんなことを感じる香澄だった。
 香澄は無意識に、この間までいた正孝と、中学時代の正孝を比較してみた。すると二人の間には、時系列が存在していないことをいまさらながらに思い知らされた。
――中学時代の彼の方が、近い過去のように思える――
作品名:一日百時間 作家名:森本晃次