永遠の命
と聞いてみたが、自分でもその言葉がシラジラしく感じられ、思わず吹き出してしまいそうになるのを、懸命に堪えた。
「私ね。あなたに将来どこかで会えるような気がしているの。もちろん、ここではなく、近い将来だとは思っているんだけど、ここ一か月というような具体的な期間ではないんですけどね。何の根拠もないし、口にするだけの力もないのは分かっているんですが、どうしても言っておかなければいけないような気がするんです」
「それを僕も考えていると?」
「ええ、そんな気がしてならないんです」
この時、黒崎は内心ビックリしていた。
――どうして自分の考えていることが分かったのだろう? 彼女は千里眼の持ち主なのか?
と感じたほどだ。
しかし、黒崎は心で感じているほどのショックが、表情に出ているとは思えなかった。無表情とまではいかないが、そのくせ、相手に自分のショックを悟られたくないという思いからの無表情というわけではなかった。
むしろ黒崎は、相手が彼女であれば、
――僕のことは何でも分かってほしい――
という思いを抱いていた。
この気持ちは他の誰にも感じたことのないものだった。
「どうやら、あなたにはウソがつけないようですね」
と言って、気持ちとしては脱帽という思いで、答えた。
すると彼女は、
「そんなことはないですよ。それはあなたがウソをつけない人だからです。黙っているのはウソをついていることにはなりませんからね」
と彼女に言われたが、
今まで黒崎が感じていたのは、
――黙っているとウソだと思われてしまうんだ――
という思いだった。
実際に、黙っていると認めたことにされてしまうことが今までには往々にしてあった。
その思いがあったからこそ、あまり人にかかわりたくないと思うことが多かったのだ。
あれは中学生の頃だっただろうか? 黒崎はただ通りかかった店の前から、同級生が走って逃げ去る場面にぶつかった。彼らは四人グループで、何が起こったのか分からなかったが、そのうちの一人と出合い頭にぶつかって、二人でひっくり返ってしまった。
「こら、待て」
という声とともに一人のおじさんが追いかけてきた。
その時黒崎は、初めて何が起こったのか理解した。
数人の万引きグループのちょうど犯行場面が少し前にあり、誰かがへまでもしたのか、見つかってしまい、逃げる途中だったのだろう。その場面に見つかったことで、黒崎は店主から疑われた。
「お前も仲間なんだろう?」
まるで仲間であることを前提に話している。それは、黒崎に認めさせて、グループをイモずるにしようという計画だ。
しかし、黒崎は黙り続けた。こんなくだらないおやじに、自ら口を開くことを拒否したのだ。すると、おやじは、
「黙っていると認めたことになるぞ」
と言った。
結局後になって黒崎の容疑は晴れたのだが、黒崎にはこの時のおやじは理不尽なくせに、セリフがまっとうだったこともあって、この言葉が気になって仕方がなかった。
「僕って、そんなに正直者なんでしょうか?」
「私はそう思います。だからもう一度会いたいっていう願望も入っているのかも知れないわね」
「いや、それは懐かしいと言っていたさっきの思いが先読みになって、将来に出会うことができるんじゃないかって感じているんじゃないかな?」
黒崎は、自分がこんな発想をできる男だとは思ってもみなかった。人が何を考えているかなど、まったく分からない。特に相手は女である。
「相手が何を考えているかということを考えるよりも先に、自分が何を考えなければいけないかということを思う方が、僕にとっては大切なことだと思うんですよ」
と、かつて誰かに言ったような気がしたが、それが誰なのか、自分ではサッパリ覚えていない。
話が少し落ち着いてきたのか、二人は少し黙り込んでしまった。どちらから話しかければいいのか、お互いにタイミングを計っているかのようだった。そのうちに時間が来てしまったようで、室内電話が鳴る。彼女は、
「お身体を流しましょうね」
と言って、身体を洗ってくれたが、その時には何も話すことがなくて、気まずい空気が流れた。
――もう、話すことってないよな――
時間が来てしまった以上、これ以上の新しい話題を出すことは無理である。ここから話をしようとすると、どうしても形式的になってしまいそうで、お互いに話をしなかったのだろうと、黒崎は感じた。
彼女に部屋の外まで見送られて待合室まで戻ると、高田はすでに戻っていた。
高田の表情は、すがすがしさが感じられたが、果たして黒崎の表情はどうだったのだろう?
「どうだい? スッキリしただろう?」
高田に何かを言われるたびに、それまで感じていなかった罪悪感のようなものがこみ上げてきた。
「ああ、そうだね」
そう言うのがやっとなくらいに気持ち的には憔悴していた。疲れ果てていると言った方がいいかも知れない。
それを察したのか、高田はそれ以上何も言わなかった。黒崎が罪悪感を感じているのが分かっていたのかも知れない。
――最初は罪悪感なんて感じていなかったのに、どうして今になって感じるのだろう?
冷静になって考えてみれば、最初よりも終わってからの方が罪悪感に駆られるのは当たり前のことに思えた。逆にどうしてそのことに、あの時気づかなかったのかという方が、不思議なくらいだった。
これはあとになって思い出したことだが、風俗の彼女が、二人でいると時間を感じさせないと話をした時、
「私は、時々同じ日を繰り返しているんじゃないかって思うのよね」
と言っていたような気がした。
それは黒崎に話しかけていたわけではなく、彼女自身の独り言だったのだ。あの部屋で彼女に身を任せているという意識があったからなのか、彼女の独り言はついつい聞き流してしまっていたようだ。他にも何か言っていたような気がしたが、思い出したのはこのことだけだった。
どうしてあとになって思い出したのかというと、黒崎は同じ日を繰り返しているという意識を自分に感じたことはなかったが、道を歩いていてすれ違う人などに、
――この人、同じ日を繰り返しているんじゃないか?
と、いきなり感じることがあった。
まさかそんなことがあるはずなどないと瞬間で打ち消してしまうことで、感じたことすらすぐに忘れてしまっていた。まるで夢の中の出来事のように、簡単に忘れることができるようだ。
道を歩いていてすれ違った女性がいたのだが、彼女とすれ違った瞬間、同じ日を繰り返している人だと感じた。振り返ってみたが、その人はすでに小さくなっていて、いつの間にか時間が経ってしまっていたのだ。
――同じ日を繰り返していると、永遠の命を与えられたことになるんだろうか?
と感じたが、同じ日を繰り返している人は、意識として同じ日だということを意識できるかどうかで、その人が永遠に年を取らないのかが変わってくる。
黒崎には彼なりの考え方があった。
一日が始まってその日が終わると、人は次の日へのステップを越えることになる。誰も意識をすることもなく超えているので、普通の人はフリーパスなのだろう。