永遠の命
黒崎も、元々SF小説を読むのは好きだった。ただそれは高校生の頃までで、今は敢えて読まないようにしている。大学に入って、SF小説のような内容の話をフィクションだとは思わずに、自分の中の結論と位置付けていくことで、下手にフィクションを読んで、自分の発想に「縛り」を設けたくはなかったのだ。
「私は、あなたに懐かしさを感じるとは思っていますが、あなたのような人をかつて知っていたという意味ではないんですよ」
彼女は、またおかしなことを言いだした。
「実は、私の中学時代の同級生に、SF小説の話をしたら、その人がやけに反発してきたことがあったんです。『そんなことを君は本当に信じているのか?』ってね。私も信じているというわけではないというと、彼は頷いて、少し考え込んでしまったんです。そして『SF小説なんていうものは、誰もその状況を見たことがないから書けるんだよ』と言ったんですね。おかしいでしょう?」
「確かにおかしいですよね。サイエンス・フィクション、これがSFであって、あくまでも架空の話なんですよね。彼がムキになって話しているのを想像すると、まるで自分は架空の話ではないSFを知っているかのように聞こえますよね」
「ええ、そうなんです。彼がムキになればなるほど私は滑稽に感じられ、それ以上話を続けていきたくないという思いに駆られました。それで適当に話を打ち切ったんですが、その時の彼が恨めしそうな表情をしたんです」
「でも、そこで話は打ち切ったんでしょう?」
「ええ、彼もすぐに引き下がったんですが、その時の彼の恨めしそうな表情が忘れられずにいると、それからしばらくして、彼が行方不明になったんですよ」
――それこそ、ミステリアスな話ではないか――
と黒崎は感じたが、それは口にしなかった。
黒崎が口を閉ざしたので、彼女が続ける。
「結局、彼は見つからなかったんですが、私が高校三年生になった時、学校の帰りに彼を見かけたんです。彼は、中学の時と同じ制服を着ていて、明らかに中学生の彼でした。まどけなさの残る表情にニキビが浮かんでいて、私は夢を見ているのかと思いました」
「それから彼はどうしたんです?」
「彼を追いかけて、見つからないように一定の距離を保って歩いていたんですが、角を曲がったので、早歩きで追いかけたんですが、彼の姿は忽然と消えていました」
「どこかの家に入ったんじゃないの?」
「そんなことはありません。曲がった角の家は豪邸で、門は遥か先にあったんです。しかも未知の反対側は空き地になっていて、隠れるところがありません。私は彼が曲がって数秒で、自分も曲がったので、彼が急に消えてしまったとしか思えないんです」
「元々が行方不明者だから、そう思うのかも知れないけど、曲がってから消えたのではなく、最初から幻だったということはないのかい?」
「それも考えました。最初から幻だったという考え方も、曲がってから消えてしまったという考え方も、どちらも同じくらいの意識なんです。だから、どっちも間違っていないようにも思えるし、どちらも違っているようにも思えるんです。つまりは、どちらかではないかという考え方は、私の中にはありません」
「それが、どうして僕に対しての懐かしさになるんだい? その彼に似ているとでもいうのかな? それとも、彼が成長して大学生になったら、今の僕のような感じだって思っているからなのかな?」
というと、彼女は、
「どちらも違います。私は彼を高校三年生の時に見た時、まったく変わっていないという意識がありました。あれから彼が成長した姿を想像することができなくなってしまったんです。彼はずっと中学生のままなんじゃないかってね」
と、即答で返してきた。
「それはまるで君が考えている『永遠の命』に通じるものがあるんじゃないかい?」
「ええ、そうなんです。あなたを見ていると、あなたも『永遠の命』という発想を少なからずに持っていて、私の中にあるその時の彼の面影をくすぐっているような気がするんです。それは似ているというようなわけではないんですよ」
「そういうことなんですね。実は僕もあなたに何か懐かしさを感じているんですよ。それを口にしなかったのは、あなたに懐かしさを感じてはいるが、誰か知っている人に似ているとか、以前に出会ったことがあったとかいうレベルのものではないと実感していたからなんです」
「じゃあ、私と同じ発想だったんですね」
「ええ、あなたのように口にするか、それとも僕のように口にしないかというだけのことだったんです」
「あなたは、自分も同じように懐かしさを感じていると言いましたが、それは私の話を聞いていて、自分の発想と同じようなものだと思えてきましたか?」
「ええ、途中から同じような感じだなとは思っていましたが、話を聞いているうちに、懐かしく感じていることを口にしなければいけないと思うようになりました」
「どのあたりからですか?」
「そうですね。中学時代に行方不明になった人を高校三年生になって見かけたというくだりあたりからですかね?」
「ひょっとしてあなたには、私がその人を見て、まったく年を取っていないということを感じたのを口にするという予感があったんじゃありませんか?」
「ええ、その通りです。だから、僕はあなたに対して、自分の考えていることを口にしておかなければいけないと思ったんです」
「私もあなたの話を聞いて、自分がどうして懐かしいと感じたのか、なんとなく分かってきたような気がしてきました」
という言葉を彼女がしたのを見て、黒崎は完全に緊張がほぐれたのを感じた。
風俗という店で話す内容というのには、少し重たい気がする。。普段でさえ、友達に話したとしても、きっと引かれるに違いない。
それを彼女は受け止めるように聞いてくれた。しかも自分の意見を正直に言って、隠そうとしているところはなかった。
――商売だから、相手の話を聞いてあげようとしてくれているのかな?
と普通なら考えるだろうが、彼女に対して、そんなことを感じては失礼だというというよりも、
――感じてはいけないんだ――
というまるで自分に対しての戒めようでもあった。
「あなたとお話ししていると、時間が経つのを忘れるわ」
「そうだね。僕も同じだよ」
考えてみれば、ここは制限時間がある空間だった。ここまで深い話をしていれば、時間などあっという間に過ぎてしまうという発想になるのだろうが、そんなことはない。
――本当なら、そろそろ時間なんじゃないか?
と思ったが、それを自分から彼女にいうのは、何か違うような気がして、何も言えなかった。
「まるで時間が止まっているかのようだな」
と黒崎が言うと、
「ええ、この空間は時間が止まっているのよ」
と彼女が返してきた。
もちろん、そんなバカなことがあるはずもなく、時間は刻々と時を刻んでいるはずなのに、彼女に、
「時間が止まっている」
と言われると、まんざらでもないように思えてならなかった。
「ねえ、私今ね。あなたと同じことを考えているような気がするの」
実は、同じ思いを黒崎も感じていた。しかし敢えてそれを口にはせずに、
「どういうことなんだい?」