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永遠の命

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 彼女の目が次第に真剣になってくるのを感じると、この話題を中途半端に終わらせることはできないような気がしてきた。本当であれば、せっかくの時間なのに、ただ楽しむことだけを考えていればいいはずなのに、どうしてこんな会話になってしまったのかと思うほど、自分がこの場をどうすればいいのか戸惑っていた。
「ハッキリとは分からないんですが、あなたが今まで私が出会ってきた人とは一味も二味も違っている人だと感じたからなのかも知れません。でも、それと同時にあなたと今日初めて出会ったような気がしないのも事実なんですよ。すみません、せっかくのお時間をこんな話に使ってしまって……」
 と彼女は、恐縮したような言い方だった。
 しかし、その恐縮したような雰囲気を見て、黒崎は余計に彼女をいとおしく思えた。本来なら風俗デビューの相手をもてなしているのだから、立場は逆のはずなのに、いつの間にか立場が逆転していることに、黒崎は興奮を感じていた。
「でも、せっかくのデビューなんだから、満足していただきたいわ」
 と言って、彼女はサービスを始めてくれた。
 さすがに童貞の黒崎があえなく秒殺で撃沈されたことは、当然のごとくであった。
 少しの間、けだるい時間が流れた。
 彼女が黒崎の身体に密着している。お互いに汗を掻いていたが、それを拭き取るような気分にはなれなかった。黒崎の胸に顔を埋めている彼女は、うっとりとした表情で時々黒崎を見上げ、その顔を捉えている黒崎も、彼女に対していとおしさを爆発させる気分で見つめていた。
――なんて、余裕のある心境なんだ――
 黒崎は、その表情を見つめながら、一瞬ため息をついた。
――これが満足感というものなんだろうか?
 快感がクライマックスに達し、果ててしまった瞬間襲ってくる憔悴感のあることは知っていた。
――思った通り、想像していた憔悴感なんだ――
 と感じたが、いやではなかった。
 憔悴感が漂っている間、彼女に感じたきめ細かな肌が、まるでサメ肌のように、ガザガザしているものに感じられた。果ててしまったすぐあとというのは、身体全体が敏感になってしまい、身体を動かすことが億劫になっている。
――いや、億劫なのは身体を動かすことだけではない――
 極端な話、呼吸をするのでさえ、億劫に感じられるほどだった。
 鼻が詰まっているかのような感覚に、けだるさの正体が分かりそうで分からないその感覚に黒崎は、
――このまま金縛りにでも遭ってしまうのではないだろうか?
 とさえ感じたほどだ。
――このまま眠ってしまえば、どれほど気持ちがいいか――
 と感じたが、その思いを打ち消したのが、彼女の言葉だった。
「私ね。本当はさっきのようなお話をすることなんて、ほとんどないのよ。する相手もいないし、もちろん、お客さんにこんなお話できるはずもないですよね。でも、どうしてなんだろう? あなたにはしてしまったの……」
「そういえば、さっき。僕に対して懐かしさを感じるといっていましたけど、それってどういう懐かしさなんですか? 僕のような人を知っているということなんですか?」
 と尋ねると、彼女は少し考えてから、
「う〜ん、ハッキリとは分からないの。あなたのような性格の人を知っていたような気もするんだけど、それがいつ頃のことで、どんな人であったのか、まったく記憶がないのよ」
「記憶にはないけど、意識として覚えていたということなんでしょうね。ただ、その場合、記憶にないというわけではなく、記憶のどこかには存在していて、自分で記憶という意識がなかっただけなのかも知れないね」
「どういうことですか?」
「意識の中にはいろいろなものがあると思うんですよ。その中には、記憶していることを思い出そうとする意識もあるんですよ。記憶していることを思い出そうとして、思い出すことができないことで、記憶にないと思っているんでしょうけど、人はえてして、思い出したくない記憶を封印しようとする意識が働くこともあるんです。その時は、いくらあとから思い出そうとする意識を働かせても、思い出すことはできない。かつての自分が封印したからですよね」
「そうなんですね。でも、私は思い出したくない記憶というのはないもんだって思っていたんですが、それは錯覚だったんですかね?」
「錯覚ではないと思いますよ。もし、錯覚だと思うのであれば、思い出そうとする時に、何か違和感を感じるんじゃないかって思うんです。だから、あなたが今思い出せないということは、錯覚という意識すらないんでしょうね」
「じゃあ、思い出すことができないんでしょうか?」
「それはないと思いますよ。どんなに思い出したくない記憶でも、自分の中にある以上、それを開けるキーさえ見つかれば、表に出すことができるはずです。ただ、それも自分の中で、思い出したくないということが何であったのかということを再認識する必要があります。それが思い出すためのキーの役割を果たすんでしょうね」
「すごいですね。私はそんなこと考えたこともなかったですよ」
 そういって、彼女は黒崎に感動していた。
「そんなことはないですよ。でも、この気持ちは誰にでもあるものだって僕は思っています。ちょっと考えれば分かることでも、自分の中に勝手に常識を作ることで、それ以上先に行けなくなる。いわゆる『結界』というものを作っているんじゃないですかね」
「結界ですか……」
 黒崎の胸の上に寝ていた彼女の顔が、少し遠くを見るような目をしていた。
「私は時々、『永遠の命』というものに対して考えることがあるんです。さっき、あなたに懐かしさを感じると話した時、『永遠の命』の発想を思い出しました」
「それはどういうことですか?」
「私は、中学生の頃からSF小説なんかを読むのが好きで、タイムマシンの話だったり、オカルト的な話だったりする本を結構読んでいました。その中で時々テーマに上がる内容として、『永遠の命』というのがあるんですが、それがいつも中途半端に終わっているような気がするんです」
 その話を聞いて、黒崎は少し訝しく感じられた。
「プロの小説家の小説なんですよね? プロの人がテーマに掲げている内容を最後に結論を出さずに中途半端に終わらせるというのはどうなんでしょうね? 確かにミステリー小説などでは、最後にぼかして終わることも多いですが、それはあくまでも一つの結論が出てから、最後のどんでん返しに使っていることはあると思うんですが……」
 というと、
「その通りなんですよ。あなたのいう通り、小説の最後にはちゃんとした結論が出るんです。でも最初の方は、『永遠の命』という話がその話のメインテーマのように描かれていて、読んでいる方も最後までテーマが変わっているとは思っていないので、完全に意表を突かれた形にはなるんですが、読み終えると、最後には納得している自分がいるんです。それだけこのテーマが重たいもので、それこそ文字通り『永遠のテーマ』なのではないかと思えてくるんですね」
「なるほど、それは私も分かります」
作品名:永遠の命 作家名:森本晃次