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永遠の命

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「そこで高田さんは、自分がどうして教授の研究に力を貸す気になったのか、自分では納得していたようです」
「ところで、高田さんが教授の研究に力を貸すようになったきっかけは何なんですか?」
「それは、教授がスカウトしたからです。さすがに教授も最初は高田さんが不治の病に侵されているとは思っていなかったようなんですが、実験台になってくれる相手を探していて、偶然あなたと一緒にいるところを見かけたらしく、そこでスカウトする気になったようです。いきなり実験台としての相手を探していたわけですが、それを納得させるには、本人にも研究お理解させる必要がある。いきなり実験台に使うなどという非人道的なことができるほど教授は非道な人間ではないということです」
「じゃあ、その過程で高田が不治の病だと知った」
「ええ、教授は実験台にするための調査も並行してしていた。その時に彼が不治の病だと気が付いて、それを使用することにしたんです」
 事実と真実という言葉が黒崎の頭の中を駆け巡っていた。
――高田が不治の病だということが最初の事実であり、彼を実験台に選んだことも事実。しかし、実験台に選んだことが真実なのかどうか、誰が分かるというのだろう?
 黒崎は、生駒の話を聞きながら、自分の中で事実と真実が次第に離れていっているのを感じた。
 それはまるで幽体離脱のようで、肉体から精神が離れていく情景を思い浮かべ、魂が目の前にある自分の肉体を見つめて、
「まるで鏡を見ているようだ」
 と、口にしても、声にならないことを分からずに、ただ信じられないという思いが、頭を巡っているようだった。
「新宮教授は実験台を見つけて、実験台にふさわしく、納得させることに力を注いでいたんでしょうが、その間、鶴崎教授は研究のためのマシンを作っていたということでしょうか?」
「そうですね。もちろん、実験をするには、実験台になる人間に適応した機械を作る必要がある。生物的な研究は新牛教授が担って、科学的なところは鶴崎教授の持ち場だということですね」
「生駒さんは、この研究にどのような役割があるんですか?」
 と聞くと、初めて生駒がドキッとしたような表情になった。
――僕は核心部分をついたのかな?
 と思った。
 すると、しばらく考えていた生駒は、
「それはおいおい分かってくることですよ」
 と、初めて答えを渋った。
 ここまで話をおぼらーとに包むことなく露骨とも言える表現をしてきた生駒に、初めて変化が訪れたような気がしたのだ。
「ところで、高田さんは今どこにいるんですか?」
 と聞くと、
「彼は今、研究の検証中にいます。だから表に出すことはできない。人間にとって一番デリケートな感情を、彼は今感じているとでも言っておきましょうか」
 露骨ではないが、話の内容は曖昧ではない。
 もし、今の生駒の話を曖昧だと感じたとするならば、それは生駒という人間に対して、まったく信用していない人が感じることだろう。ここまでの話を聞いて、少しでもイメージできた人がいるとすれば、曖昧には感じないと黒崎は感じた。
 だが、たいていの人は生駒の話をまともに聞かないだろう。同じ心理学を専攻している人であっても、信憑性がある話だとは思わない。逆に心理学を専攻している人ほど、
「信じられない」
 と感じるだろう。
 それは学者としてのプライド、虚栄心、そして認めてはいけないという結界が見えているからに違いない。
「検証って、そんなに何度も繰り返すものなんですか?」
 黒崎はここでも矛盾を感じた。
――一人の人を対象に何度も試みて、比較する相手もいないのに、検証になるのだろうか?
 と思ったからである。
 研究するには、比較する相手があってこその検証ではないかと思っている黒崎は、
――僕の考えが違っているのだろうか?
 と不安になってきた。
 今まで、心理学を研究してきて、不安に感じることはあまりなかった。
 それは、自分が前をまっすぐに向いていて、上ばかりを目指しているということを分かっているからである。しかし、ここにきて、研究員として新人の立場で見ていることに初めて不安を感じたのだ。
――新人の僕なんかに、そんな大それた話をして、どういうつもりなんだろう?
 と感じたからだ。
 そして、今度の話を聞きながら、黒崎は、
――聞いている話の矛盾ばかりを探しているような気がするー―
 と感じた。
 研究を重ねてくると、当たり前のことに対してであっても、いかに疑問に感じるかということが大切だということを分かっている。
「疑問を感じるということから、研究は始まるんだよ」
 と最初に言われたのを思い出したが、考えてみれば、それは研究に限ったことではなく、進級、進学のたびに聞かされてきた、
――当たり前のことー―
 を念を押して言われているだけだった。
 ただ、いきなり当然のことを言われた後は、そのすべてが想定外のことであった。しばらくの間はそのギャップばかりを感じていると、そのうちに感覚が鈍ってくる。そのおかげなのか、それ以降自分の研究における考え方で、
――納得のいかないことはなくなるのではないか?
 と思えるようになってきた。
「研究なんていうもの。自分で納得さえできれば、そこから先はその繰り返し、堂々巡りを繰り返していると思っても、間違いなく前を向いていることになるんだよ」
 と教授に諭されたのを思い出した。
 そのことを、生駒と話しながら感じていると、生駒の唐突の話も、自分なりに納得できるのではないかと思えてきたのだ。
「黒崎さん、あなたが考えていることは結構分かりやすいですね。僕の考えに近いということは分かりました。だったら、きっと今話していることも、時間を掛けることもなくわかってもらえると思っていますよ」
 と生駒は話した。
 少なくとも行方不明だと思っていた高田は教授の元にいる。そして実験台という言葉にすると大問題になりそうなことも、黒崎はこの話の間に理解できることだと感じるようになっていた。
 だが、少し不思議にも感じられた。それは、高田が不治の病だということを理解した時、すぐさま実験台に承服したということだ。
「高田さんは、すぐに実験台に承服したんですか?」
 と聞くと、ハッとした表情をした生駒だったが、すぐに元に戻り、
「お察しの通り、すぐに彼は承服していないようでした。どこに引っかかっているのか分からなかったんですが、少し考えてから、承服したんです」
「彼が不治の病だと分かってから、すぐに彼に実験台を申し出たんですか?」
「いいえ、そんな無粋なことはしません。考える時間を与えないような露骨なやり方は、こちらとしても後味が悪いですからね」
「なるほど、分かりました」
「どういうことですか?」
「彼は我々が考えているよりもかなり頭がいいんですよ。最初に自分が不治の病だと気づいた時、何を考えたのかを想像してみました。まず、自分の残りの人生をどのように生きるかを考えると思うんですよ。もちろん、ショックも大きいでしょうから、我々の想像の域を超えるかも知れませんが、彼の性格からすると、楽しく過ごすことを考えたかも知れない」
作品名:永遠の命 作家名:森本晃次