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永遠の命

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「大切なことだと思いますよ。ただ、それはその人個人としてではなく、世の中のためという意味で大切だと言っているんです」
 その言葉を聞いて黒崎は、
――どうやら、生駒という男、僕が思っているよりも、相当に現実的な人間なんだな――
 と感じた。
 黒崎は、自分のことを、
――人とは違う現実的なところを持っている――
 と感じていた。
 生駒に対しては、同じ現実的な人間だと言っても、交わることのない平行線であり、いわゆる、
――他の人と同じ一般的な現実的な部分を持った人間だ――
 と感じた。
 生駒の話を聞いて、
「そうですね、個人の範囲で考えるならば、生き続けるということは、その反面、死ねないということでもありますよね。死にたいと思った時に死ねない。それは辛いことだと思います。でも、それはいずれは死が訪れると思うから、辛さも我慢できるんじゃないでしょうか?」
 というと、
「それは一種の理想論かも知れませんね。人間にとって『死』というのは、絶対的な恐怖だと思うんですよ。それを死にたいと考えるのは、よほどのことですよね」
「そのよほどのことというのは、『孤独』に直結していると思うんですよ。今まで自分に関わってきてくれた人が次々に死んでいく。それを目の当たりにしながら、自分は死ぬことができない。これは辛いことではないですか?」
 という黒崎の意見に、
「孤独が、必ずしも辛いとは限らないでしょう。たとえば、自分は選ばれた人間だという自意識を持って、世界貢献していると感じることで、それを生きがいにできる人もいるかも知れない。ただ、それは絶対に強制できるものではなく、望んだ人のみに与えられるものでなければいけないんでしょうけどね」
 という生駒の話に、
――それはもっともだ――
 と感じた黒崎だったが、言葉に出すと、どうしても反論してしまう。
「それはそうなんでしょうけど、人間の考えというのは、刻一刻で変わっていくものなんじゃないでしょうか? 永遠の命を与えられた時は社会貢献に生きがいを感じたとしても、実際にまわりの人が次々に死んでいって自分だけが生き残るという運命を目の当たりにした時、どう感じるんでしょうね」
 激論は自分の考えを凌駕しているような気がした。
「それは自業自得とでも言いましょうかもうどうしようもないことですよね」
「じゃあ、それを生駒さんは、後の祭りだとして、仕方ないと思われるんですか?」
「そう思わないと、この理屈は成立しません」
 黒崎は、生駒のこの言葉を聞いて、自分がその場で凍り付いてしまいそうになるのを感じていた。
 氷解を待つこともなく、自分から氷の壁をぶち破り、反論していた。
「だから、そもそも永遠の命なんてものは、成立させてはいけないんだ」
 というと、
「それは宗教の類じゃないですか。宗教では永遠の命という発想は、『人間を作られた神に対しての冒涜だ』として片付けられるでしょう。神から与えられた人だけが持つことのできる永遠の命であれば、それは許されるということですよ」
「生駒さんは、宗教を信じているんですか?」
「いや、信じてはいない。だが、この世の中で理屈では解明できない不思議なことがあるのは事実なんだよ。私は現実的な考え方しかできないと思っているんだけど、この不思議な力だけは認めないわけにはいかないと考えることはよくありますよ」
「ずっと思い続けているわけではないんですね?」
「そうですね。あなたがさっき言ったじゃないですか、『人間の考えというのは、刻一刻で変わっていくものなんじゃないでしょうか?』ってね。私もその意見には賛成なんですよ」
 巡り巡って、考え方が一致する部分もあるということは、二人の考え方は、話をしているうちに、次第にお互いのまわりを回っていて、近づくことはないが、
――いずれどこかで同じ発想になることもあるのではないか――
 という思いを抱かせた。
 宗教の話に入り込むと話がややこしくなると思ったのか、
「まあ、宗教の話は置いておきましょう」
 と、生駒の方から言い出した。
 これが契機になり、少し興奮状態になりかかった話は、少しトーンダウンした。冷却するにはどれくらいの時間が必要なのだろう?
 しかし、次の瞬間、黒崎は急に気を失いかけるような言葉を生駒の口から聞くことになる。
「ところで、高田という男のことなんだけど」
 生駒はゆっくりと話し始めた。
「えっ、高田ですか?」
 唐突といえば唐突だが、考えてみれば、「永遠の命」についての話を始める前、つまりは最初のきっかけは高田の話だった。
 その話がまるで遠い過去を思わせるほどに感じるのは、きっと、ここまでにしていた「永遠の命」に対しての話が紆余曲折のうちに、話が拡大して行き過ぎて、収拾がつかなくなりそうなところを、強引に収拾をつけたことによって、まったく違った話をしていたかのような錯覚に陥ってしまっていたからなのかも知れない。
「高田という男、教授と一緒に二人だけで秘密裏に研究を続けていたんだ」
 その話を聞いて、本当であれば、
――そんなバカな――
 と思うのだろうが、黒崎はむしろ、
――それはそうだろう――
 と感じた。
 なぜなら、高田は急に行方不明になり、友達の自分はおろか、家族にも知らせていなかったからだ。高田の家は黒崎の家のように複雑な家族関係ではないと聞いている。表向きには平然とした家族関係でも裏に回ればどうなっているか分からないことも少なくはないが、高田に限ってはそんな裏表はないと思えた。
 なぜかというと、
――高田という男は品行方正で天真爛漫なところがあるので、裏表など考えられない――
 いわゆる、「お花畑」発想である。
 しかし、逆に話の内容は至極真面目で、普段の彼の様子から話の内容まで浮いたものだと思っていると、痛い目にあうこともある。
 それは彼と話をしていて、自分だけが先走ってしまって、気がつけば置いてけぼりになっているという一種の錯覚に見舞われることがある。そんな時に感じるのは、劣等感であり、屈辱感だった。
 しかも、高田という人間が、優越感や相手を見下すような感情を示しているとすればまだ分かるが、少なくとも表にそんな感情を示していないことで、余計に自分だけが感じることで、情けなくなってしまうのだった。
 そんな不思議な感覚を抱かせる高田には、本当に心を割って話のできる相手はいなかった。一番の親友だと思っている黒崎も、実際のところは分からない。黒崎自身、友達が多いわけでもなく、親友と言える相手は高田しかいないと思っているので、
――相手の心なんて、そうそう分かるものではない――
 と感じていた。
 そして、今回の高田の行動であるが、ある意味では分からなくもない。
 高田の心境を思い図らんとすれば、きっと最後まで理解することはできないだろう。相手を理解しようと思えば、相手の行動を自分に当て嵌めてみるしかない。
――僕だったら、高田のような行動に出られるだろうか?
 そう思うと、きっと行動に出ることはできないと思う。
作品名:永遠の命 作家名:森本晃次