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永遠の命

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「遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたんだよ」
 と、母親は黒崎に話したが、それは開き直ってからのことだった。
 開き直るまでの母親は、惨めなほど、父親への執着があり、不倫相手と愛憎絵図を描いていた。
 あれだけ厳格だった父親が、取り乱した母親を止めることができずに、オタオタしている。そんな姿を見ながら、
――遅かれ早かれ、どうせ親父はこうなる運命だったんだ――
 と感じたが、母親も開き直ってから、自分と同じような感覚になるとは思ってもいなかった。
 なぜなら母親は、性格的に自分とは似ても似つかないものだと思っていたからである。
黒崎にとって母親という存在は、実に薄っぺら存在であり、厳格な父親の傀儡でしかないと思っていた。そこに感情はなく、すべて父親のいいなりになっていて、何があっても怒らないと思っていた。
 それなのに、父親の犯した不倫で逆上してしまうなど、想像もしていなかった。
 だが、少ししてから母親の逆上の意味が分かった気がした。
――母親は、父親のいいなりではなく、自分の考えている通りに父親が動いてくれればそれでよかった。自分の思った通りであれば、自分が影に隠れていたとしても問題はない。要するに自己満足を父親の行動に求めていたのだ――
 と感じた。
 しかし、そんな父親が、他の人に気持ちを奪われれば別である。父親が自分の思った通りに動くというのは、気持ちが母親にあるからありえることで、大前提として成り立っていることであった。
 その大前提が崩れると、母親は逆上してしまっても無理もないだろう。今まで自分を犠牲にしてでも自己満足を最優先にしてきた母親にとって、父親の不倫は、
――裏切り行為――
 である。
 しかし、この場合の裏切りという感情は、他の人が感じる裏切りとはレベルが違っている。何しろ、父親を影で操っていたとまで思っていた母親にとって、容認できるものであるはずもない。
 もちろん、父親は必死で謝っていた。まわりの人から見れば、あれだけ亭主関白に見えた人が、体裁を考えずに必死に謝っているのである。こんなに情けないことはないだろう。
 内情を分かってきた黒崎にとって、
――他の人の視線は所詮、好奇の目でしかないんだ――
 と思えていたので、自分も他人の目で見るようにしていた。その方が両親に悟られることなく、先を読むことができる。
 さらに、自分の心理学の研究材料としても使える。今まで自分に対して行ってきた封建的な対する復讐でもあった。
 すると、開き直った母親の行動は、想定外でもあった。
 てっきり、相手の女に慰謝料を請求し、父親と離婚するものだろうと思っていた。
 しかし、母親は離婚を承諾しない。もちろん、相手の女から慰謝料をもらおうとも思っていないようだ。
 ただ、想定外だったのは、最初だけで、表から見ていると母親の行動は別におかしなことではなかった。
 別に父親に未練があるわけではないのは分かっている。本当なら開き直ったのであれば、相手からお金をもらって、さっさとあんな父親と別れてしまえばよかったのだ。しかし、どうやら母親は父親に対して執着しているというよりも、自分の思った通りの行動をとってきた、
――パートナー――
 としての父親を手放したくないようだった。
――父親がいてこその母親なんだな――
 母親の生きがいがどこにあるのか、息子の黒崎には分からない。
 だが、父親を手放すことは、母親にとって自分の生きがいを手放すことになると分かったのかも知れない。開き直ったというのは、父親への決別を感じたわけではなく、父親が手放すことのできない相手であるということを再確認したという意味だったようだ。
――これじゃあ、父親は飼い殺しじゃないか――
 ひょっとすると、父親は自分が母親に操られている傀儡だということに始めて気づき、その思いが不倫に繋がったのかも知れない。
 ということは、母親にとって父親の不倫は予見できたことではないだろうか。
 確かに予見はできても、目の前で不倫という事実を突きつけられると、女としての母親の血が燃焼したとしても、それは無理もないことだ。
 そういう意味では、父親を気の毒に感じることもできるだろう。本当に恐ろしいのは、父親を糸で操っていた母親なのだ。
 それなのに、自分は母親を、
――父親のいいなりになっている――
 として、軽蔑していた。
 それだけ軽視していたというべきだろう。
 しかし、息子にすら軽視されるほど自分を隠すことができた母親は、末恐ろしい存在ではあるが、心理学の研究には絶好の材料でもあった。
 しかし、黒崎は自分という人間の存在を、両親を見ていて不思議に感じられた。
――僕はこれからどうすればいいんだろう?
 心理学の研究だけをしていていいのだろうかという思いもうっすらと現れるようになった。
 そんな時、教授に声を掛けられ、研究員として教授の助手をしている。それはそれで自分を納得させることができるのだが、何かひとつ物足りない気がした。
――もし、教授が僕を何かの実験台に使うといえば、引き受けるかも知れないな――
 と勝手な想像をしたりした。
 これが本当の科学者だったら、冷凍装置に入れられて保存されることで、何十年か後に蘇生させられるのを想像してみたりした。
――小説の読みすぎか?
 と感じた。
――僕にもあの両親の血が流れているんだろうか?
 表から見た両親は、その実、二人の間では立場が正反対だ。
 ただ、それはあくまでも二人の間でのことであって、どうしてまわりの誰にも悟られることはなかったのだろうか?
 息子の黒崎に対してすら分からなかったのだ。他の人に分かるはずもない。
――いや、逆かも知れない――
 息子の黒崎だからこそ、どう見ても、父親の威厳に母親が黙ってついていっているという思いを間違いのないものだと考え、疑う余地がなかったのだ。
――だが、なぜそんな演技をしなければいけなかったのだろう?
 まず、誰に対して偽りの夫婦を演じなければいけなかったのか、黒崎には分からない。父親は自分が苛まれている状況にいるのに、自分が威厳を持っているように演じるなど、普通の精神ならできるはずもない。逆にそれができる父親に一目置けるほどだ。母親に対しても、あんなに卑屈な態度を取りながら、実は目で指示をしているということなのだろう。その蔑んだ目は、本当は誰に向けられていたのか、相手は父親だけではないだろう。
 考えれば考えるほど分からなかった。最初は相手が自分だと思った黒崎は、そんなことをされる理由が思いつかない。両親にとっての共通の知り合いもそれほど多くなく、後は自分にとっての祖父、祖母などの、身内に限定されるかと思うが、それも見当たらなかった。
 ただ、二人が共謀していたとも考えにくい。共謀していたのであれば、父親の不倫で、離婚調停などありえない。考えれば考えるほど、ありえないことばかりである。
 だが、実際に偽りの夫婦を演じていたのは事実なのだ。どこかに理由があるはずで、黒崎は消去法でしか、その答えは見つからないと思えた。
作品名:永遠の命 作家名:森本晃次