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永遠の命

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 これは、プライドを持った人間としての最後の抵抗のようなものだった。もし、このまま友達のお母さんに言ってもらえれば、その日は帰らずに済むだろう。しかし、それでは今後の自分と両親の間には、決して破ることのできない結界が生まれてしまうと思ったからだ。
 そんなものができてしまっては、もう親との確執は決定的になってしまう。それだけはできなかった。いずれもう少し大人になれば、親から独立することもできる。それまで我慢すればいいだけのことだったのだ。
 もし、このまま怒りに任せて親との確執を決定付けると、家出でもしなければ収まりがつかない。そう思うと、もうどうすることもできないのだ。
――だけど、そこまでして親にしがみつかないといけないのか?
 中学生という中途半端な年齢での悩みは比較的に深いものだっただろう。次第に人間不信に陥り、人と関わることを拒絶してしまったのだ。
 それは今でも変わりはないが、大人になってくるにしたがって、少しずつ緩和されていった。その思いから、少し親に対しての確執は消えていたのだ。
 黒崎はそんなことを思い出していた。
 当たり前のことを話している人間を信じられなくなっていたのも事実で、全面的に信じないわけではないが、最初から疑って掛かるというのは、中学時代から変わっていない。
 教授を見ていて、
――この人は当り前のことを当たり前に話すことはしない人だ――
 と思っていた。
 教授はたまにテレビにコメンテーターとして呼ばれることもあったが、決して当たり前のことを推奨しようとはしない。常に反対意見を持っていて、その話が視聴者に受けるのか、たまにではあるが、コメンテータ―をしていた。
「教授のコメントって面白いよね」
 と研究員は口にしていた。
 しかし、黒崎は面白いとは思っていない。普段の教授の態度から見れば、モニターの奥にいる教授は実に大人しく、まるで、
――借りてきたネコ――
 のようであった。
「心理学の観点から、新宮教授のご意見を伺うのは楽しいです」
 とテレビのメインMCはそう言って、教授を持ち上げようとするが、教授は苦笑いの一つも浮かべず、相手を見下ろすような態度を取っていた。
 その様子は、教授のことを知っている人間にしか分からない。
 研究室では教授の出演している番組を研究所員が見ている。全員というわけではないが、希望者は見てもいいことになっていた。
「何か相手に訴えるような表情なんだよな」
 研究員の一人がテレビを見ながらそう言うと、
「そうなんだよ。しかも、それは俺たちのように教授のことをずっと前から知っている人でなければ分からない」
 と言うと、もう一人が、
「それも、初対面だったり、まだまだ馴染めていない人に対してこそ、そんな態度を取るんだよね」
「どうしてなんですか?」
 まだ新参者だった頃の黒崎が聞くと、
「それだけ教授が天の邪鬼だってことなんじゃないか?」
 と言って笑っていたが、最初に黒崎は、
――そうなんだ――
 と新人なるがゆえの納得を感じたが、そのうちに、
――そんなバカな――
 と考えるようになっていた。
 それは少し、
――自分が教授に慣れてきたからだ――
 と思うようになったからで、
――実際には自分の考えがまともに戻ったからではないか?
 と感じたからではないかと思うようになり、それまで自分がこの研究室のように異様な雰囲気に惑わされていたのか、それとも教授自身に惑わされていたのかのどちらかではないかと思うようになっていった。
 だが、さらに教授を深く見ていくようになると、
――やはりそうなんだ――
 と教授が天の邪鬼であるということを再認識したように思えてきた。
 教授がいきなり、
「黒崎君は私の研究をどう思うかい?」
 と聞いてきたのも、何か教授なりの裏があるのではないかと思えてきた。
 心理学を研究しているわりには、人が何を考えているかなどということは、あまり分かっていなかった。しかも、今回のように二人きりで刺しで飲んでいる場面でいきなり聞かれたのだから、ドキッとしないわけにはいかなかった。
――まさか、今日誘った目的がここにあるのだとすれば?
 と思うと、迂闊な返事はできない。
 教授を見ていて、
――教授が自分の父親だったら、どうなんだろう?
 と思うことがあった。
 本当であれば、教授と父親を比較しようと思うのだろうが、黒崎にはそんな考えはなかった。
――それだけ教授と父親では、まったく違う人間なんだー―
 と思ったのだろう。
――一体教授は何を考えているのだろう?
 と思うと、いつか先輩が話していた。
「教授が天の邪鬼」
 という言葉を思い出していた。
――天の邪鬼って一体何なんだろう?
 と思うようになったのだ。
「私から見ての教授の研究は、正直に言って、よく分かりません。教授はなかなか本心を明かしてはくれませんし、最後になって結論だけを教えられるからです」
 と正直に答えた。
「なるほど、君にしては、面白くない答えだね」
 と教授に言われた。
 黒崎としては、自分の思っていることを話すと教授に嫌われるかも知れないと思ったが、それでも勇気を持って正直に感じていることを話したつもりだった。
――やはり教授に嫌われたかな?
 と、唇の端を思わず噛んだ。
 その様子を見て、教授は少し苦笑いをして、
「別に君のことを嫌っているわけではないよ」
 と心を見透かされているかのようだったが、きっと今の唇を噛んだ仕草が教授の目には、苦虫を噛み潰したように見えたのだろう。
「私がいつも君たちに最後しか話さないのは、君たちなら、最後だけを話しても、そこからいろいろ想像して、自分たちの勝手な想像を膨らませてくれるだろうと思ったのさ。その発想は当然人それぞれで、一つとして同じものはないはずさ。本当は最初から明かしていても、誰として同じ考えをしていないだろうとは思うのだが、結論からの帰納法は、私にとっても、これからの研究材料になりうるのさ」
 と教授は語った。
「ということは、教授は我々研究員の考えが分かると言われるのですか?」
 というと、
「そこまでは言っていないさ。そんな簡単に分かるほど、人間の心裏は簡単なものではない。今私が言った『しんり』という言葉は、漢字で書くと、『心の裏』と書くのさ。皆が私に対して、少なからずの不信感を抱くことになると思うが、その気持ちも『心の裏』に潜んでいるものだろう? その不信感が心の裏に潜んでいるからこそ、その内容が表に出やすいんだよ。しかも、その場合の内容というのは、相手の心を読もうとしている人間には看過しやすいものなんだ。それこそ私の狙いでもあるんだよ」
 という教授の言葉に黒崎は愕然とした。
――そこまで考えていたなんて、さすが教授だ――
 と、自分がこのような教授の下で働けることを、黒崎は誇りに感じたほどだ。
 しかし、その時黒崎は、教授の本心がどこにあるのかを計りかねていた。
 いや、正確に言えば、教授の考えを分かっていたつもりだったのだ。それが落とし穴であり、教授の最初から考えていた策略でもあった。
作品名:永遠の命 作家名:森本晃次