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永遠の命

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「その通りさ。人間は自分の中にあるもう一つの性格を気付いている人もいると思う。自分の中の性格が一つしかないなんて人間はいないからね。だから、もう一人の自分を作ることだって可能なんだよ。それを可能にするには、考え方を変えなければならない。そのためには超えなければいけない壁があって、それが自分の中にある常識というものであり、その常識は、ずっと昔から培われたものなのさ。それが遺伝子の力であって、自分だけのものではない。先祖代々受け継がれてきたものだと考えると、自分の先祖にもう一人の自分を創造することも可能ではないのかな?」
「なるほど、平面を立体的に見ることも必要であり、立体から見れば、時間を超越し、もう一人の自分を創造できるというわけでしょうか?」
「乱暴な言い方をすれば、その通りだね」
 と、教授はニッコリ笑って、話していた。
「ところで教授は、どうして僕を今日誘ってくれたんですか? この間の学会の慰労の意味なのかと思いましたが、それだけではないような気がするんです」
 というと教授は少し黙って、おもむろに話し始めた。
「私は、君に私の研究を少しずつ伝授していこうと思っているんだが、君はよくこんな私についてきてくれていると思っているよ」
「いえ、そんなことはないですよ。ついていくのが必死で大変ですよ」
 これは黒崎の本音である。
「今までに何人もの助手を私は使ってきたけど、君はその中でも別格なんだ。さっき話をしたもう一人の自分というものを君は持っているような気がするんだ。君にはその自覚はないかね?」
 そう言われて、黒崎は考え込んだ。
 確かに、今までに気がついたら、時間が経っていて、その間の記憶が飛んでいるということもあったような気がした。そんな時に何か共通したものが存在しているわけではないので、気のせいだと思ってきたが、教授にあらたまってこの話をされると、それまで感じていたことが、まんざら気のせいではないように思えてならなかった。
「言われてみればですが、記憶が飛んでいたことがたまにあったのは、そういうことだったんですかね?」
「そうかも知れない。私にはそれをハッキリと『そうだ』と言えるだけの根拠がないんだ。だから私は君に興味を持った」
「でも、どうして僕にそんな感覚があるのを分かったんですか?」
「それは君が私の講義を受けている時、もう一人の私が感じたことpなんだ。もう一人の私が表に出ている時、私は意識がないのだが、もう一人の私が気づいた感覚は、今の私と共有できるものなんだよ」
「じゃあ、講義中の先生が僕に何かを感じたということですね?」
「そのようだ。ひょっとすると、講義中の君は、今の君ではないのかも知れないよ」
「えっ。でも、僕は講義中の意識が残っていますよ」
「じゃあ、君の抱いているもう一人の自分は、私の抱いているもう一人の私への感覚とは違うものなのかも知れないな。そう思うと、もう一人の私を感じているのは我々だけではないのかも知れない。そして私と君とでは今の話だけでも少し違っているのだが、他の人の感じている距離よりは、限りなく近いものなのかも知れないね」
「まさか、皆もう一人の自分を抱えているという考えも成り立つのかも知れませんね」
「そうだな」
 教授と黒崎は、少なからず興奮していた。それだけでも今日一緒に呑みに来た甲斐があったというものだ。
 だが、実際にはそれだけではなかった。予想もしていなかった出会いがあったのだ。それを黒崎は知ることになる。
 呑み始めると、あまり酒が強くはない黒崎は、少し酔いが回ってきたような気がした。黒崎の場合、他の人と違って、弱いくせに、顔にはすぐに出てこない。
 そのため、他の人から見れば、
「まだまだ呑めるじゃないか」
 と言われて、呑まされてしまうことが多い。
 もちろん、すぐには顔に出ないだけで、酔いは確実に身体を駆け巡っているのだから、酔っ払ったあとにめぐってくるのは、意識の喪失だった。
 だが、自分では酔っているという意識がすぐには訪れないのだから、
――まだまだ大丈夫だ――
 という意識が頭にあって、実際に酔いが回ってきた時には、制御不可能になってしまう。
 そんな自分をずっと、
――僕がいったいどんな悪いことをしたというのだ――
 と思ってきた。
 自分にとって不利な状況を生むということは、何か今までに自分が行った行動が災いしていると思っていた。
 それは宗教の考え方に似ているが、自分では決して固定の宗教とは関係ないと思っていた。しいて言えば、自分独自の宗教に近い考え方であった。
 しかし、その方が危険であるということを意識していなかった。心理学を志すようになったのも、何かをしてその報いが自分に返ってくるという考えを宗教とは切り離して考えたいという重いから生まれたものだ。
 つまりは、宗教を否定して、その代わりに何を肯定するかと考えると、心理学を勉強することで、自分が納得できる結論を求めることが一番だと考えたのだ。
 新宮教授は、黒崎のそんな考えを実は見抜いていた。
 黒崎には変に真面目なところがあった。
 自分が真面目であることをいいことだと思ってはいたが、それが自分を納得させることにはならないという、中途半端な状態の神経が存在していた。
 精神としては、自分が真面目であってほしいと思っているのに、神経はそれを納得していないとでもいうべきなのか。精神とは心を伴った考えで、神経は内臓をつかさどる、いわゆる脳から発信される身体の反応のようなものだと思っていた。
 こお考えは誰にも話していないが、黒崎の中では確立された考え方であった。
――もう一人お自分の存在は、この神経と精神が同じでないところから生まれてくるものなのかも知れない――
 と考えると、
――やはり、もう一人の自分を抱えているのが特別な人間ということではなく、誰にでももう一人の自分は存在していて、神経と精神が同じ人には、もう一人の自分を意識することができない――
 という考え方である。
 しかし、もう一人の自分の存在を、意識しないのであれば、それに越したことはない。ほとんどの人が自分の一生の中で、もう一人の自分を意識することなく生涯を終えるのではないかと思っている。
 だが、本当にそうなのか?
 特に、酒に酔って、前後不覚に陥り、意識がなくなってしまう時など、その間、もう一人の自分が表に出てきていないと誰が言えるだろう。
 だが、自分の身体は眠っている。目を覚ますこともなく活動を停止しているはずなのに、どうやって表に出るというのだろう。
 目が覚めてから、意識が戻るにしたがって、その間、時間の感覚がなくなっていて、意識がなくなってしまってから、いきなり目が覚めたと思うことがある。どちらかというと、こちらの方がまれな気がしたが、そんな時、自分の知らない間にもう一人の自分が出てきたのではないかと思うのだ。
 もう一人の自分が何かをしたというわけではないが、表に出てきたことを、眠っている自分に意識させないために、いきなり目が覚めたような気にさせたのかも知れない。つまりは、時間を抹消しなければいけないほど、もう一人の自分の存在はデリケートであるということであろう。
作品名:永遠の命 作家名:森本晃次