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永遠の命

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 研究室では、いつも白衣を着ていた。心理学の研究に白衣は関係ないように感じたが、心理学も神経内科の類になるからなのか、医者のようなイメージと言っても過言ではない。そういえば、カウンセラーの先生も白衣を着ているというイメージがあったので、教授も同じ考えなのかと思ったほどだった。
 しかし、よく聞いてみると、教授が白衣を着るようになってから、心理学を志す人や、カウンセラーの人が白衣を着るようになったのだという話だったが、どこまで信憑性のあるものなのか分からなかった。それでも教授を見ていると、その言葉を信じてしまう自分がいて、黒崎は、
――新宮教授といえば、白衣だ――
 と感じるようになっていた。
 黒崎は、そんな新宮教授が白衣を脱いで、スーツに着替えた時の雰囲気を最近知った。それまでは研究室と、講義でしか見ることのなかった教授で、しかも講義でも白衣を着ていた。スーツで講義をすることはなかったのだ。
 初めて教授のスーツ姿にドキッとしたのは、教授に付き添っていった学会だった。
 学会には、それぞれの大学から二、三名が参加していて、うちの大学からも教授と黒崎助手が参加することになった。
 場所は東京だったので、二泊三日となった。学会は二日間催され、一日目は午後から、二日目は終日の開催だった。そのため、スケジュール的には過密だったが、教授からだいぶ心理学の考え方についてを伝授されていたので、学会の難しい話にも何とかついていけた。
 さすがに二泊の過密スケジュールで夜、呑みに行くという余裕もなく、出張はあっという間に終わった。
「今夜、呑みにいかないか?」
 と誘われたのも、学会から帰ってきてから少ししてのことだったので、あの時の慰労を兼ねてのことと黒崎は考えた。
 白衣を脱いでスーツ姿になった教授は、
――渋い――
 というイメージだった。
 いつも白衣が眩しいだけに、顔まで光って見えるような感じだったが、黒いスーツを着ていると、顔も光っているわけではなく、むしろ白髪が目立つだけだった。今まで教授の年齢をあまり意識することがなかったのは、やはり白衣に照らされた顔が眩しかったことで、白髪すら目立たなくなるほどの若い雰囲気に、魅了されていたからなのかも知れない。
 スーツ姿の教授は、年齢相応ではあるが、普段の教授を知っているために、老けているというイメージよりも、落ち着いて見えるという雰囲気の方が当たっているようだった。
 講義の時は本当に目立たない先生で、ゼミに入ってから見た教授と、
――本当に同じ人なんだろうか?
 と思わせるほどだった。
――こんなに渋い中年の男性なら、バーのような雰囲気が似合うのに――
 と感じたのだが、それを口にすることはなかった。
 ただ、居酒屋の中に身を置いた教授を見ていると、講義の時の教授が思い出されて、
――まんざらでもないのかな?
 と感じさせるものだった。
「黒崎君は、私が居酒屋に来るのが、そんなに不思議なのかな?」
 見透かされているかのようにドキッとしたが、
「いえ、そんなことはありません」
 もし見透かされているのだとすれば、これは言い訳でしかない。
 他の人であれば、こんな言い訳をすれば、相手の気分を害するのではないかと思うのかも知れないが、教授に対してだけは、自分の直感から判断するのが一番だと思うようになった。
 直感と言っても、いろいろ考えを巡らせた上で、結局元に戻ってくるという意味で、
――すべて考えられることを考えたんだ――
 という自負があることで、先生の考えに正面から対峙しようと思ったのだ。
 最初は一周まわって戻ってくるまでに少し時間が掛かったが、そのうちに、時間をかけることなく、あっという間に元に戻るくせがついてきた。
 しかし、今度は一周すらすることもなく、直感で勝負するようになっていた。
――どうせ、結局戻ってくるんだ――
 と感じるからで、戻ってきたと自分で思い込むことが大切だと思った。
 先生はそんな黒崎の考えを分かっているように思えてならなかったが、それでもよかった。先生はお世辞を言ったり、知っていてあえて何も言わないようなことはしない。他人であれば気を遣うことはあっても、研究員には容赦をしない。しかし、それが教授の研究員に対しての気の遣い方なんだと思うと、納得できるところはたくさんあった。
「黒崎君は、私が講義の時に、学生たちから舐められているのを分かっているんだろう?」
「ええ、でも、研究室での教授を見ていると、まるで別人に思えてきます」
 というと、教授はニッコリと笑って、
「その通りさ、別人なんだよ」
 冗談ではないことは分かっていた。
 ニッコリ笑っている時に冗談が言えるような教授ではないことは黒崎でなくても、研究員なら分かっていることだろう。
「別人というと、別の人格が自分の中に備わっていて、それが表に出るということですか?」
「それに近いんだけど、私は講義に出ている時の記憶がないんだよ。まるでジキルとハイドのようではないか」
「そうですね。でも、どうしてないんですか?」
「最初は、ちゃんとあったんだよ。でも、講義に出ている自分はいつも学生を見ながら、皆自分の実験台なんだと思うようになっていたんだよ。そうでもなければ、あんなにバカにされたような状況に自分の身を置くことを到底容認できるわけがないからね。でも、講義をしないと、大学での研究もできない。講義はまるで自分にとっても拷問であると言えるんだ」
「先生がそう思われているように、他の先生も同じなのかも知れませんね」
「そうだね。皆我慢してるんじゃないかな? でも、彼らには意識があるから苦しいんだよ。私は意識をなくすことで、その苦しみを逃れることができたから、講義の間の記憶はないのさ」
「それは、教授が何かそういう薬のようなものを開発されたということですか?」
「その通り、ただ薬というよりも、自己催眠に近いものかも知れないね。自分に催眠を掛けることで、自分を鼓舞したり、意識を失わせたりする。そのうちに別の人格を作ることができるようになったんだ」
「別の人格を作るんですか? 自分の中にある別の性格を表に出すわけではなくてですか?」
「ああ、その通りだよ。自分の中にある性格を表に出すだけなら、講義の時間の自分を覚えていないというわけではないからね。どちらかというと、起きている間に夢を見ているという感覚かな?」
「夢ですか?」
「ああ、夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れていくものだっていうだろう? それを自分の潜在意識のように思われている。確かに夢というのはそうなんだけど、それは寝ている時に感じることなんだ。人間もその気になれば、起きている間に夢を見ることができるんだよ。それが、自分の性格を作ることができるという感覚で、この感覚を持つことさえできれば、起きている間に夢を見ることができる。その時は、嫌なことでも我慢することなく、もう一人の自分にやらせればいいんだ。自分にない性格なので、もう一人の自分は文句をいうこともなく、今の自分が嫌だと思っていることを、喜んでするんじゃないかな?」
「まるでもう一人の自分は、今の自分の分身というよりも、召使いのようではないですか?」
作品名:永遠の命 作家名:森本晃次