小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

落ち武者がいた村

INDEX|9ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 二人は、追手がやってくることを分かっていた。まだ落ち武者がどこにかくまわれているか分からない状態なので、それを追求するには、女に対してしか方法はない。女を捕らえて、何とか吐かせようとするだろうが、今のままの彼女では容易に白状はしないことも分かっていた。
「拷問に掛けられるかも知れない」
 そう思うと、彼女もただでは済まされない。そのことは誰よりも落ち武者が分かっていた。だからこそ、
「一緒に死んでくれるかい?」
 という言葉になったのだろう。ただ、その言葉には、落ち武者にしか分からない考えが含まれていたのだったが……。
 彼女にも自分の置かれている立場が十分に分かってきた。前の駆け落ちとはわけが違う。もう後がない状態なのだ。それでも、彼女は考える、
「遅かれ早かれ、結局死ぬことになるんだわ」
 そう思った。
 以前、駆け落ちの時に、さすがに死まで意識したわけではなかったのに、
「遅かれ早かれ、結局」
 というのはどういうことだろう?
 以前にも死を決意した意識があるのだが、記憶にはなかった。不思議な感覚に襲われていたが、その思いがあるおかげか、死に対しての意識は思ったよりも、怖さはなかったような気がする。
「駆け落ちの時もそうだったけど、いざとなると、私は感覚がマヒしてしまうところがあるんだわ」
 と感じた。
 落ち武者と目を合わせた時、お互いに覚悟ができていることを確認しあえた気がした。今までの彼女は、
「心中なんて、考えられないわ」
 と思っていた。
 確かにいつ殺されるか、殺されなくても、蹂躙されたり、人質として自由を奪われるというのが、この時代の女性の立場だということは分かっていたので、自分から死を選ぶというのは、意識がなかったと言ってもよかった。もっとも、戦が起こることもない静かな山奥の村ということもあり、時代とは少しずれた世界を生きている意識はあったことが、あまりいろいろ考えることをしないようにするくせを付けたのかも知れない。その思いがあることで、
「考えれば考えるほど堂々巡りを繰り返す」
 などということを考えないようにしていた。
 ただ、それだけにこの村独特の風習が生まれ、理不尽なことでも、
「村さえよければ」
 という発想からか、横行してきたこともある。もちろん、ここだけではなく、
「閉鎖された村」
 では、同じことが起こっていたことだろう。
 歴史書に残っているわけではないので、噂が噂となり、あるいは、都市伝説として残っているものの正体は、ここのような
「閉鎖された村」
 から起こったことが多いのではないだろうか。
 二人は覚悟を決めて、滝つぼに飛び降りた。いや、飛び降りたつもりだったが、寸でのところで助けが入った。それが、彼女を気にしていた僧の存在だった。
「おやめなさい。こんなところで命を落としていかがいたします」
 僧はそういって、いかにももっともらしい説教を行った。そして、
「男の方は、私の方でしかるべき処置を試みることにいたします。女性のあなたは、ご一緒させるわけにはいきません。ほとぼりが冷めるまで、私の寺にて養生されるがいい」
 と言って、二人を説き伏せた。
 落ち武者の方は少し気になっていたようだが、彼女の方はすっかりと信じ込んでいた。いや、本音を言うと、
「この人を信じなければ私たちは終わりなんだわ。別れは辛いことだけど、彼を助けるためにはこれしかない」
 と思ったのだ。
 彼女は、
――悲劇のヒロイン――
 を演じたいと思っているところがどこかにあった。そうでなければ、二度も違う男性相手に、このような波乱万丈な人生を選択させられることもないだろう。本人にとって願ってはいなかったことではあるが、
「男性に尽くすことこそが自分の人生」
 と考えていた。
 この時代の封建的な時代であれば、それも無理もないことだが、その中で独特の理念が存在している村にあっては、一種特殊な考えだったのかも知れない。
 つまりは、育った環境の中で、普通に育まれた感情ではないということであった。波乱万丈の人生も、持って生まれた彼女の本能が影響しているに違いない。
 だが、彼女の本能の中で、本当に波乱万丈を演出した性格というのは、この時の感情にも表れている。彼女は、人を疑うことがほとんどないのだ。自分が不幸な運命に翻弄されているのも、本当は男を信じ込んでしまっているからなのに、そのことに気づいていないことで、甘んじて自分で自分自身の運命を受け入れていることを美化することで、自分を納得させるしかないのだった。
 そんな彼女に不信感を抱いている男性は少なくはないが、逆に彼女のことを好きになる男性も少なくない。好きになる男性の中には、彼女のそんな性格を、利用してやろうと思っている人もいた。その都度男に騙されてきたのだが、何しろ小さな村でのこと、まだ子供の頃だった彼女のことはさほど大きな事件となることはなかった。
 実は彼女と駆け落ちを考えていた男も、途中までは、
「この女、利用できる」
 と思っていたふしがあった。しかし、ミイラ取りがミイラになったとでもいうべきか、この男自身も、彼女のことを好きになってしまった。そういう意味では、利用しようと思った相手を取り込んでしまうところもあり、彼女を信用できないと思っている人の中には彼女のことを、
「魔性の女」
 というように感じている人もいたようだ。
 だが、それはあくまでも彼女がコウモリのような存在だったからだ。
 つまりは、村人には、他の村のような女性に見え、この村とはそぐわないように見え、他の村から見て、いかにも閉鎖的な村に見えていたという、いわゆる
「どっちつかず」
 の性格に見え、とらえどころのない女性として見られるようになっていた。
 それを最初に感じたのが、他ならぬ落ち武者だった。気が付いていたが、彼女にすがるしかない彼は、最後の最後で、
「一緒に死んでくれるかい?」
 という言葉になったこ、本人にしか分からないことだった。
 落ち武者はしたたかな性格であったが、そんなことは彼女には分からない。
「この人は私がいなければダメなんだわ」
 という気持ちだけが、彼女を突き動かしていた。
 しかし、彼女は世間知らずだった。落ち武者が、
「もうダメだ」
 と言えば、それを信じるしかなかった。
 本当はそれ以外の方法を見つけるのが本当なのだろうが、その時の彼女は、死しか頭になかったのだ。
 一度思い込むと、なかなか他を考えることができないのも、彼女の性格だった。猪突猛進というべきか、思い込んだら、まず突っ走るのだ。
 だが突っ走ったところで、何か根拠に基づくものがあるわけではない。すぐに自問自答を繰り返すようになり、誰にでも目に見える結論に到達するしかなくなってしまう。誰もが目に見える結論というものほど、あてにならないものはない。彼女はしょせん世間知らずでしかないのだ。
 だが、彼女には寸でのところで、人の想像を超える何かがあることがある。それが彼女をして、
「魔性の女」
 と言わしめるものなのだろう。
 この時二人は、覚悟を決めてそのまま滝つぼに身を投げた。
作品名:落ち武者がいた村 作家名:森本晃次