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落ち武者がいた村

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 ただ、しいて言えば、その時代の風俗習慣の本当のところを知らない。そこがネックになっているのだろう。
 誰も自分のまわりにいなくなったということを自覚したからこそ、自らの命を断つ覚悟ができたのだ。男性であれば、戦場での死というものが現実的なものだけに、普段から覚悟もできるというものだ。しかし、女性というのは、どこまで自分が世の中の流れの中にいるのか、分からない。今のように情報が豊富ではないので、親やまわりの年長者から聞くしかない。そう思うと、当時の男性と女性の死への考え方には、かなりの差があったのではないかと感じる緒方だった。
 彼女の目となって想像を膨らませていた緒方には、その時誰が現れるのか、想像がついていた気がした。
「やはり」
 緒方は心の中でそう叫び、目の前に飛び出してきた影が、もしその時の彼女でなければ、そのままその男に殺されていたのではないかと思えるほどだった。
 今の今まで死を意識していた彼女は、その男の姿を見ると、今まで感じていた死を急に感じなくなった。恐怖も一緒に吹っ飛んでしまったのか、男の顔をあっけにとられたかのように見つめていた。
 その男がどうしていきなり現れたのかということを、その時彼女は少し考えたが、深くは考えなかった。そのことを、不思議に感じた緒方だったが、緒方の方には、それがなぜか分かったのだ。
「起こるはずだった竜巻が起きず、そのおかげで、目の前にこの男が現れたんだ」
 その男は、身も心もボロボロになっていた。
――私よりもひどい状態だわ――
 彼女は咄嗟にそう思い、自分が死のうとしていたことすら忘れてしまったかのように感じていた。
 彼女は、男に対して弱いところがあった。
 元々、好きになった男というのも、弱弱しいところがあり、
「私が守ってあげなければ」
 という意識が強かったのだ。
 その思いが、今度は突然目の前に現れた男に注がれた。それも無理もないことだった。男はいわゆる「落ち武者」で、完全に弱りきっていたのだ。
 彼女は男に近づいた。
 本当であれば、そんな危険な男に近づくのは危ないことくらい、ちょっと考えれば分かりそうなものだが、何と言っても、彼女はさっきまで自殺を考えていたくらい、精神状態は不安定だった。
「大丈夫ですか?」
 男は俯いたまま、何も答えない。答えるだけの気力がないのか、微動だにしない時間が過ぎていく。
 彼女は自分の胸の鼓動を感じていた。そして、男の心臓の音も感じていた。最初は違った鼓動を繰り返していたが、次第に音が一つに重なるようになった。すると、男は少し動き始め、生気を取り戻したように見えた。彼女はホッとして、男が話しかけてくるのを待った。
「かたじけない。声を掛けてくれたのに、わしは身体が衰弱してしまっていて、返事をすることができなかった。許されたし」
 絞り出すようにそこまでいうと、頭を上げ、彼女を見つめた。彼女も顔が熱くなるのを感じながら、
「いいえ、大丈夫ですよ。まずは、ゆっくりと落ち着いてください」
 精神的にはドキドキしているが、発する言葉は落ち着いていた。それだけ相手に対して自分が優位性を持っていることを分かっているからなのか、自分でも、優位性を持った時の自分が、これほど精神的に余裕が持てるものなのかと、内心驚いていた。
 しかも、相手は見知らぬ男で、何と言っても落ち武者である。怖がって逃げ出すのが本当であろうに、やはり一度死ぬ覚悟をしたことで、神経が座っているのかも知れない。
 その時になって、彼女はふいに、
「竜巻が起きなかったから、その代わり彼が現れた」
 と感じた。
 竜巻を感じたのは、さっき、無意識とはいえ、滝つぼに叩きつけられている水を見ていたからだ。目で追えるはずもない水流を追えたことで、ひょっとすると、竜巻が起こるはずだったということを理解できたのは、自分だけだと思っていた。
 しかし、実際には、この場所に現れた落ち武者にも分かっていた。
「わしがここに現れたのは、どうやら想像もつかない不可思議な力に委ねられたものなのかも知れない」
 落ち着きを取り戻した落ち武者は、そう呟いた。その時、彼女はこの落ち武者と心が通じ合えた気がした。そして、
――この人は私が守ってあげなければいけない――
 と、使命感というよりも、一度捨てようと思った命を掛けてでも、助けようと感じたのは、愛情からなのかどうかを自問自答していた。
 ただ、この自問自答は堂々巡りを繰り返し、いつまで経っても結論を得られることはないと思っていた。実際にその通りで、堂々巡りを繰り返すくらいなら、早くこの男を匿うことを考えなければいけないと思った。幸い、以前好きになった男ともし駆け落ちした時に、一時退避場所として、考えていた洞窟を思い出した。
 それは、滝つぼの裏側にあるところで、絶対に安全だった。今となっては、未遂に終わってしまった駆け落ち、この男のために使えるのであれば、本望だった。ここは流れるような手筈で、彼女は落ち武者を洞窟に案内する。それなりの時間は掛かったが、二人にとっては、あっという間の出来事だった。
 滝つぼの奥での落ち武者の生活は、決して楽なものではない。人に知られてはいけない立場であり、命を繋げるには、彼女の力が必要不可欠だった。男としては、
――この女、裏切って領主に言いつけたりしないだろうか?
 という恐怖もあったが、今は彼女にすがるしかなかった。
 男はそんな自分を情けないと思いながらも、落ち武者になってしまった自分がどれほど惨めなものか、考えていた。
 それでも献身的に尽くしてくれる彼女に次第に心を開くようになり、いつしか二人は恋心を抱くようになっていた。最初に意識し始めたのは、彼女の方だった。
 ただ、男と別れたことから、落ち武者に乗り換えたという思いや、同情が愛情に変わったという思いではないと感じていた。もしそうであれば、何のために死ぬことを思い止まったのか、意味がないような気がしてきたからだった。
 彼女は落ち武者を見ていて、次第に心が落ち着いてきた。自分が死のうなどと考えたことすら忘れてしまうかのようだった。次第に元気を取り戻して行く落ち武者に、献身的な看護と施しは、相手のためだけではなく、むしろ自分に対してのものでもあったのだ。そんな彼女に落ち武者も次第に惹かれていくようになった。
「君は、わしの女房によく似ているんだ」
 落ち武者には女房がいた。年齢的には三十歳を少し過ぎていると言っていたので、いても当然だったが、彼女の中では、
――この落ち武者こそが、自分の伴侶だ――
 という思いを抱いていた。
 そんな時に、自分には女房がいると告げられて、それまで見ていた甘い夢から覚まされたような気がした。
 だが、彼女はそれでもよかった。
「あなたの奥さんに似ているのね。私を奥さんだと思ってくれてもいいのよ」
 彼女は、落ち武者の本当の奥さんになりたいと思った。だが、そんな甘い生活は長くは続かなかった。
 彼女の様子をおかしいと思った村の男の一人が、密かに彼女をつけてきたのだ。
 洞窟に入っていく彼女を見て、男は落ち武者を発見した。
 彼女としては見つかるはずはないと思っていた。しかし、
作品名:落ち武者がいた村 作家名:森本晃次