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落ち武者がいた村

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 当時のこの村を収めていた領主は、当時かなり入れ替わっていたようだ。誰かがこの土地を支配するようになっても、隣国から攻められ滅亡し、新しい領主が誕生しても、下剋上の果てに、またしても領主が変わってしまったりと、まったく落ち着いたことのない場所でもあった。
 ただ、農作物が豊富に摂れることもあって、この土地はいくつもの戦国大名にいつも狙われていた。戦だけではなく、和睦が成った場合にも、領地切り取りで話題になるのもこの土地、当時の領民は、他の土地の民衆に比べても、かなりピリピリしていたに違いなかった。
 だが、この土地で農作物が豊富に摂れるおかげで、農民は兵役を免除されることが多かった。そういう意味では、少しだけ恵まれた村だったと言えるのではないだろうか。
 そんな時代だったが、戦に駆り出されることのない村だったので逆に、
「他の村とは違うのだ」
 という思いが、まわりの村からではなく、その村内部で誰もが感じるようになっていた。もちろん、そんなことは口には出さない。下手に口にして、領主の耳にでも入れば、せっかく兵役免除になっているとは言え、怒らせてしまえば、いつ兵役免除が解かれるか分からない。今の村民に変わって、他の村からよそ者が入りこんで、村の風紀を乱すかも知れない。そんな思いがあり、誰もが疑心暗鬼になり、こそこそするような体質の村になってしまった。
 幸いなことには、この村の近くで大きな戦が起こることはなかった。領主のある城下町から離れているのも不幸中の幸いだったが、その代わり、兵糧への圧力は大変なものだった。
「兵役を逃れるのだから、それ相応の年貢を納めてもらうぞ」
 と、領主からのお達しで、年貢米を捻りだすために、村の財政や暮らしはひっ迫していた。
 困窮を窮めるとはまさしくこのことで、
「いくら兵役がないとはいえ、わしらに飢え死にしろというのと同じではないか」
 と言って、村を脱出するものも少なくはなかった。それこそ、百年以上先の江戸時代の農民のようではないか。
 そうやって出て行ったものも少なくないせいもあって、村はますます孤立していった。精神的におかしくなる人もいたようだが、それでも何とかなってきたのは、苦しいとはいえ、何とか年貢を納めることができるほどの作物を作ることができたからだ。村の存続は何とか踏みとどまっていたと言ってもいい。ただ、
「このままではいけない。何とかしなければ」
 と、代々の村長がそう思ってきたのは事実のようだ。
 そんな時代が江戸時代まで続いたようだが、落ち着くまでにはこの土地でも紆余曲折があったようだ。特に、この書物に書かれている永禄年間の出来事はショッキングなことであり、緒方は何度も読み直そうとしたくらいだった。
 それは、
――どうしても、伝説として見ることができない――
 という考えがあったからで、その根拠としては、
――他人ごとのように思えない――
 という思いからであった。
 戦国時代に思いを馳せるのは、この村の雰囲気が昔から伝わっている伝統のように思えるからで、それだけ現実の世界ではない雰囲気を感じさせた。やはり、永禄年間からずっと村は孤立していて、それを村人は誰もが、
――これが当然のことなのだ――
 と感じていたからに違いない。
 戦国時代がどんな時代だったのか、想像はできるが、絶対にそれ以上ではないと思っていながらも、この村で起きた昔のことは、他人事のように思えないという気持ちから、書物を読む気にもなったのだろうし、書物から浮かび上がってくる想像が、いかに事実に近いものなのかということを意識するようになっていた緒方だった。
 書物を最初から見ていると、次第に自分がその時代に生きていたのではないかという錯覚に陥る。緒方は高校時代から歴史が好きで、学校の図書館では歴史の本ばかり読んでいた。街に出掛けた時も、必ず本屋に立ち寄り、歴史の本を物色したものだ。
 学校の図書館で見る本は、史実に基づいたもので、街に出て買ってくる本は、歴史小説で、フィクションが多かった。最初に史実を研究しておいて、フィクションを読むと、ただ漠然と読むのとは違い、幅広く読むことができる。
「作者の意図はどこにあるのだろう?」
 などという、ストーリー展開によっていろいろな発想を抱く余裕があるのだ。
 歴史小説を読んでいると、ついつい自分も物語りの中に入りこんでしまいそうになってくる。
――まるで見てきたように感じられる――
 そう思うのは、テレビの影響が大きいのかも知れない。
 緒方が育った村は、まだまだ未開の土地、高度成長期の時代の貧富の差の激しさを思い浮かばせるほどだった。封建的な風習が残った村も少なくはなかった。政治家の力で封建的な村も次第に都会に近づけるようになっては来たが、そんなに簡単に行き届くほど、単純なものではなかった。
 緒方が住んでいる村は、三ケ村という。三ケ村は山奥に引き籠ったところにあり、バスも一日数本しかない。山一つ隔てたところを、当時バイパス工事が行われていて、通路に当たる村は、活気が出てきたのだが、たった一つの山が隔たっているだけで、まったく都会とは隔絶されたかのようになっているのが三ケ村だった。
 昔からある神社と、その奥に入りこむと大きな滝がある。滝つぼから流れ落ちた水が川となり、村の中心部を流れ、都会へと繋がっていく。
 幸いにもこの川が氾濫するほどの災害は今までには起こっていないが、
「数十年に一度、今までに災害が起こっている。その時々で違っているという話なんだが、時々同じ災害が続く時があるというんだ。そんな時は、決まって村に大きな災いがもたらされるということだ」
 この話は、村長から聞いたことがあった。世襲を重ねてきた村長だったが、村長の家にだけ伝わる伝説もあるという。伝説という意味で言えば、神社にもある。おそらくは村長も知らないことなのだろうが、封建的な村というところは得てして、そういう迷信めいたものが伝わっているようだ。
 村長のところに伝わっている伝説はいくつかあるらしいが、そのうちの一つが、
「一度起こったことは、在任中に二度と起こらない」
 ということなのだが、この話は神主から聞いた。公然の秘密のようなものに違いない。
 神社に伝わる伝説がどのようなものなのかというのは、この書物が記しているのであろう。
 緒方は書物を読み進むうちに、イメージが膨らんできたのが、滝つぼだった。
 ゴーっという音とともに、舞い上がる水しぶき、前も見えないほどの強烈な威力に、そばにいれば、耳の感覚がマヒしてしまいそうに感じることだろう。
 滝つぼで、ゴーっという音を聞いていると、遠くからほら貝の鳴り響く音が聞こえる。今度は馬の蹄の音、さらには、金属がこすれるような音、それは、まさしく戦を思わせる音だった。
――ここにはふさわしくない音だ――
 こんな山奥で戦が行われるわけはない。山の傾斜はかなり急で、戦の陣を張るにしても、木々は生え揃っているだけに、そんなスペースなどありえない。戦に向くはずもなく、戦には縁のない場所だった。
作品名:落ち武者がいた村 作家名:森本晃次