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落ち武者がいた村

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 ただ、喜兵衛が自分の過去を話すのは、喜兵衛自身の意志ではなかった。黙っておくわけにはいかないと感じたのは、後になってからのことであって、喜兵衛の中にある別人の血が、喜兵衛を通してこの話をさせたのだ。それが落ち武者の意志であることを、喜兵衛自身、知る由もなかった。
「俺の育った村というのは、男は同じ村の女を嫁にしなければいけないという言い伝えがあるんだ。もしそうしないと、家が断絶してしまうということなんだ。自分の代で家が存続できないと、その男は地獄に落ちて、永遠の苦しみから逃れられないらしい」
 喜兵衛は自分でその話をしながら、
「おや?」
 と感じた。話のなかで、どこか違っているのを感じたからだ。違っているというよりも、自分の意識していないことを喋っているように思えた。脚色した部分があったのだ。
 喜兵衛はそれでも、別に構うことなく話を続けた。自分の意志とは別の意志が働いているかのようだった。
「そのせいで、村では結婚相手に恵まれなかった男は自分の身内に女がいれば、近親相姦をしてもいいという掟になっていたんだ。普通なら近親相姦など、あってはならないこと。そんな歪な村なので、男女の比率が狂ってしまった。男性一人に対して、女性が複数いるという感じだ。それなのに、男の中には結婚できなくて、近親相姦を重ねることが横行してしまった。女の中には、一生男を知らずに終える女性も多い。不思議な世界になってしまったんだ」
「そうなんですね」
 喜兵衛の奥さんは、何を考えているか分からないほど、冷静に聞いていた。あまりにも突飛な話なので、まるで別世界の出来事のように思っているのかも知れない。
「男女の比率が狂ってしまい、さらには近親相姦が横行している世界なので、いつの間にか、村では女の力の方が強くなった。人数的にも多いのだし、それも当然ではないだろうか。それまで虐げられていた女性が村の掟を何とか覆そうとして画策を始めたんだ。そのせいで、今度は男が女に遣われるようになり、一人の男がたくさんの女を相手にしなければいけないようになっていたんだ」
 喜兵衛は自分で話をしながら、
「もっともなことだ」
 と思っていたが、それは実際に自分が経験してきた村の様子とはまったく違ったものだった。喜兵衛にとって自分が経験してきたことが、この村に来たことで、まったく違った記憶を持つようになってしまったようだ。
 だが、喜兵衛にはそんなことは分からない。自分の奥さんに話をしているのは、自分が経験したはずの村での出来事を思い出しながら話しているのだ。
「どこかおかしい」
 と思いながらも、話している内容の要所要所で、間違いなく鮮明に思い出せる記憶が見えていた。
 だが、喜兵衛が次の話題に移った時、
「やっぱり自分の記憶は誤った記憶ではないだろうか?」
 と感じるようになった。
「俺の住んでいた村に伝わるもう一つの伝説は、一度起こったことは二度と起こらないということなんだ」
 というと、奥さんはきょとんとした表情になり、
「えっ、それってどういうことなんですか?」
 と、探るような眼を喜兵衛に向けた。
「あ、いや、それは」
 と、自分でもどう答えていいのか分からなかった。前後の事情をまったく知らない村とはまったく関係のない人に、いきなり村人の中での都市伝説を分かってくれるはずもない。話をした当の喜兵衛にだって、自分が最初にその話を聞いた時、理解などできるはずがないと思ったからだ。
――どうして、いきなりこの話が口から出てきたのだろう?
 喜兵衛は最初からこの話をするつもりはなかった。実際には、奥さんと話し始めるまでは、自分でも忘れていた話だったからだ。
 奥さんに対して急に話したいと思ったのもいきなりであれば、意識もしていないはずのことを無意識であっても話しかけたのは、いきなりと言えるであろう。
 それ以降、喜兵衛は口をつぐんでしまった。何をどう説明すればいいのか分からない。喜兵衛自身も村にいる頃、
「一度起こったことは二度と起きない」
 という伝説を理解できたわけではない。喜兵衛だけではなく、村人のほとんどは、理解などできるはずもなかったのだ。
 喜兵衛は、自分の言っていることに、どうしても信憑性を感じることができない。つまりは、自分がウソをついているのか、辻褄を合わせようとして、ありもしない記憶をでっちあげているのではないかと思った。
――一度村に戻ってみないといけない――
 と感じた。
 喜兵衛が感じたのは、
「もし、村に戻っても、誰も知っている人がいなければどうしよう?」
 という思いだった。
 意識の中に残っている記憶は、自分の記憶の中に残っている意識とは明らかに違っているもので、意識が違っているのか、記憶が違っているのかを考えれば、意識が違っていることを認めるわけにはいかない。かといって、残っている記憶をそのままにしておけない。知っている人がいないなら、これ幸いということで、今ならよそ者の目で、今まで気づかなかった部分が見えてくるのではないかと思っていた。
 喜兵衛の育った村は、確かによそ者の血を受け入れない気風だったが、外部の人間を受け入れないというわけではない。
――自分たちが利用できるものは、惜しみなく利用する――
 という発想だった。外部の人間でも、いいところがあれば受け入れる体制であった。それは落ち武者がやってきた時代とはまったく違った世界で、どこかの時点で誰も知らない間にどんでん返しが起こったのかも知れない。
――その時に、表にいた人と入れ替わりに裏の人間が現れた――
 つまり、姿形は同じでも、まったく違う世界が出来上がっていたのだろう。
 昔を知らない村人は、それをおかしなことだとは思わない。本当にどんでん返しが起こったその時、一人の男がそのことを古文書に書き残していたのだが、今はそれがどこにあるのか分からない。タイムカプセルのように、地中に埋めてしまったのだった。
 喜兵衛は、子供の頃にその古文書を土の中から掘り出したことがあった。いかんせん、まだ子供だったので、書いてある内容までは分からなかった。しかし、よほど大切なものであることは想像がつき、今喜兵衛が村に戻る決心をした理由の半分は、この古文書を探したいという思いがあったからだ。
 それがどこにあったのか、実のところ、記憶が曖昧だった。どこかの森の中だったのは意識があるのだが、どこの森だったのか、ハッキリとしないのだ。
 子供の頃に何度も行った記憶があったが、いつ行っても、地面はベトベトに濡れていた。ぬかるみに引っかかってこけそうになったこともあったが、元々、大きな気が乱立しているところだったので、根っこが地面からはみ出して足を引っかけそうになっているところもあった。
 それを思うと、ぬかるみに足を取られるのは恐ろしいことだった。足を取られると、そこから先は下り坂になっていて、行き着く先には滝つぼがあったからだ。
「あのあたりは子供には危険なので、あまり立ち寄るな」
 と言われていた。
 実際に子供だけでなく、大人が近寄ることもなかった。立ち入り禁止が、暗黙の了解だったのだ。
作品名:落ち武者がいた村 作家名:森本晃次