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落ち武者がいた村

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 ここは少しでも無理をしてでも、一緒の土俵に乗せてしまう方が、どうせ責任で圧し潰されるのであれば、一緒に考えた方がいいのではないかと考えるようになっていた。
 ただ、解決策として、どうしても抜けないのが、
「どこかに妥協点を見つけて、曖昧になってしまうところがあっても、そこには目を瞑るしかない」
 という考え方だった。
 それも、結構思い切った発想がなければ難しい。倫理的に、
「やってはいけないこと」
 であったとしても、この村としては仕方のないこととして考えていかなければいけないと思うのだった。
 その、やってはいけないことというのは、近親相姦であった。
 兄と妹で結婚したり、父親が娘に子供を設けさせたりという、古今東西、過去においても前代未聞のことだと言っても過言ではないだろうが、この村の伝説を守るためには、どうしても越えなければいけない壁を超えるには、前代未聞であっても、倫理に反することであっても、選択しなければいけないことだった。
 また、これが村長に重荷を背負わせることになる。
「この村には、いくつの伝説を作らなければ気が済まないんだ」
 と、責任の重さに、思わず叫び出したくなるのも無理もないことだろう。
 倫理に反することをしていることで、男女の比率が合わなくなってしまっているのかも知れないという思いもあったが、それ以上に、言い伝えを守らなかったために滅んでしまった家庭を見てきたのだ。
「運命には逆らえない」
 と思ったとしても、無理もないことだ。
 村長が代々の世襲でなければいけないことにも理不尽さを感じていた。この世襲は、落ち武者事件が起こる前から、この村の伝統だった。この村に限らず、本家と分家というと、本家の方が絶対的な権力を持っている。いくら分家に素晴らしい人が現れても、決して村長にはなれないのだ。理不尽なことは、ずっと昔から続いてきたのだ。
 しかし、この理不尽なことが、村の存続には欠かせないことになっていることも間違いではない。村長はそれこそ、
「暗黙の了解」
 の元、村全体を見渡していくしかなかった。
 近親相姦の影響なのか、それとも、男女の比率が狂ってきたことの影響なのか、男が少ないことで、どうしても、男女の立場関係に歴然とした違いが見られていた。
 当然、人数の少ない男性の方が重用され、女性の方は蔑視されてしまう。この村では男に対しての人権は絶対であり、それに対して女性は逆らうことはできない。今でいう、
「男女均等」
 など、そんな発想が生まれる隙もないほど、この村での近親相姦の横行は、目に余るものものがあった。しかし、それが曖昧さを生み、何が悪いことで何がいいことなのかという、
「善悪の判断基準」
 が、マヒしてしまっていた。
 その発想が、伝説を守らなかったことで消えていった家庭があっても、無理もないことだとする思いに繋がっているのだ。
 この村に存在する、
「一代に一度きり」
 という発想は、別の考えを生んでいた。
 いや、そっちの発想から生まれたのかも知れないとも思えるくらいで、それが都市伝説として残る、
「同じ村長の間では、一度起こったことは、二度と起こらない」
 という発想に結びついていた。
 この発想が、落ち武者伝説から繋がっているという話ではあるが、具体的にはどういうことなのかは曖昧で、ハッキリとは伝わっていない。そう思うとこの都市伝説は、
「噂の類」
 として伝わっているのではないかという程度の信憑性にも感じられた。しかし、これも守らないと、災いが襲ってくる。それを示しているのが、
「竜巻伝説」
 と呼ばれるもので、これも、
「噂の類」
 として、代々伝わっていたのだ。
 この村には、定期的に竜巻が起こるという。ここ二十年くらいは発生していないという話だったが、
「そろそろ危ないのではないか」
 という噂が流れていた。ただの噂として片づけられないものであることは、村長が一番よく知っていた。
 竜巻伝説が生まれたのは、これから三百年くらい前の室町時代後期だという。今は歴史で言えば、江戸時代中期。幕藩体制の中でも財政難に苦しめられていた時代で、山奥の村にも年貢米の徴収は容赦のないものだったが、何とか村は成り立っていた。それも村長がうまく立ち回っているからだという話もあるが、この村には農作物の凶作ということはあまりなかったのである。
 竜巻伝説は、この村の歴史が後世に語り継がれるようになった初期の頃から残っている。伝承本と呼ばれるものにも竜巻が起こり、村が半壊したことも書かれていたりする。
「竜巻というものは、空が普段と違った雲を作り出した時に発生するものだ」
 と、書かれていた。
 ただでさえ、重厚な雰囲気を漂わせている入道雲に、雷が走ったり、真っ黒に淀んだ雲の層が、ハッキリと見えてくるような時に発生しやすいという。
 真っ黒に淀んだ雲は、地上のものを真っ暗な世界へと誘い、自分たちが実に狭い範囲で蠢いているかということを思い知らされた時、いきなり起こるものだと記されていた。
 自分たちがいかに小さな存在であるかということを受け止める心を表に出した時、竜巻は急に襲ってくるのだ。最初は誰もが、
「まさか、そんなことが」
 と、自分が受け止めた心を疑っているため、口に出すことができなかったが、一人がふいに、
「あんなに小さな世界が想像できるなんて」
 と、一言呟いたことで、誰もが、
「何だ、お前も同じことを考えていたのか」
「俺もなんだ」
 とばかりに、まわりからたくさんの賛同の声が聞こえてきた。
 それは、呪縛から解き放たれたかのような気持ちがあるからか、ホッとしたような声に聞こえ、
――自分の声もまわりの人には同じようにホッとしているかのように聞こえるんじゃないかな?
 とまわりに感じさせるのだった。
 集団意識が安心感を生むのだろうが、安心感を誰かが抱いたことで、皆が共感してくれる。それは、安心感を抱くことで手段意識が生まれるのだという、反対の作用を導き出しているのかも知れない。
 竜巻が起こった時の、下から上に舞い上がるシーンを、一人の男が夢に見た。人の悲鳴も竜巻に?き消される。しかし、実際に見えている竜巻は、さほど大きなものには思えなかった。
 それは、自分が見ている世界の狭さを感じていないからだということに、男は気づかなかったからだ。
 最初は、まさか夢を見ているなどということを意識しているはずはなかったのに、途中から、
「これは夢だ」
 ということに気づき始めた。なぜなら、竜巻の向こうに一人の男が佇んでいるのが見え、それが鎧に身を包んでいるのが確認できたからだ。
「まるで落ち武者のようだ」
 シルエットでしか見えていないのに、どうしてそれが落ち武者だと分かったのだろう。さすがに鎧武者であることはシルエットでも分かるが、それが落ち武者だということまで分かるはずもない。
 そのことに気が付いた時、
「俺は夢を見ているんだ」
 と感じたのだった。
 それともう一つ、それが普通の夢ではないことに気が付いたが、そこには理由があった。それは、
――その男が、この俺に何かを訴えようとしていない――
 と感じたことだった。
作品名:落ち武者がいた村 作家名:森本晃次