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落ち武者がいた村

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 ただ、そんな時代だからこそ、いくら落ち武者が村民に「情け」を期待しても、叶うはずもない落ち武者の遺書は、その遺書を発見した村人によって無視されてしまった。もし、村長の目にでも触れていると、少しは供養などしてもらえたかも知れないが、一村人にそんな知恵が働くはずもなかった。
 落ち武者の無念は計り知れないものがあっただろう。
 武士の世界では、戦が終われば、それなりに敵味方なく供養もされてきただろう。彼は落ち武者となって彷徨った時点で、運命は決まっていたのかも知れない。
 もちろん、落ち武者を匿っていた女も知恵が働くわけではなかった。それでも、落ち武者と一緒にいる間に情が移ってきたのか、本能で彼を愛するようになってきた。落ち武者も、彼女の情に触れることで、村人がもう少し情に厚い連中であると過信したのかも知れない。
 落ち武者には、故郷に残してきた家族があった。故郷がどうなってしまったのか分からなかったが、自分は死んだものだと思っているだろうし、この村で女に助けられたのも何かの縁、ほとぼりが冷めてくれば、自分が生き抜くこともできるのではないかと思っていた。
 それは、自分が生まれ変わった気持ちになる必要があり、女の存在が、落ち武者に新しい本能を自分に植え付けてくれそうな気がしていた。
 普通、本能というものは、持って生まれたものであり、途中で変えることはできない。それを本能というのだろうが、意識して、本能を捨てるつもりになれば、違う本能を自分に宿らせることができるような気にもなっていた。
「わしは一度死んだんだ」
 死んだ気になれば何でもできるというが、落ち武者は、その時、まさにそう感じたのであろう。
 落ち武者は女と契りを交わしたが、女はその時身籠っていた。そのことは女しか知らないはずだったが、実際に彼女を襲った若い僧も知っていたのだ。あの時若い僧が乱行に及んだのは、嫉妬心を抱いたからであったが、落ち武者が滝つぼに落ちてからだいぶ経っているのに、何に対して今さら僧が乱行に及ばなければいけなかったのかという理由の一つに、
「女が身籠っていた」
 という事実があったことは間違いのないことであろう。
 古文書に残されていないことは、伝説として語り継がれていたが、それを知っている人は今は誰もいない。しかし、ある時代までは、その言い伝えは村では、
「暗黙の了解」
 として、誰も口にすることはなかった。
 ただ、それぞれの家庭で「言い伝え」が行われていて、そのことを口にできるのは、
「一代で、一度きり」
 という定説があった。
 もし、この定説を破ってしまうと、その家庭は滅んでしまうというもので、実際に滅んでしまった家庭もあった。
 また、その滅んでしまった家庭があったことも口にしてはいけなかった。滅んでしまった家のことは不思議なことに、滅んでしまった次の代に伝わる村の伝承本からは、綺麗にその家庭のことは消えている。
 小さな村なので、一つの一族から別れていったものが、それぞれ分家として成立し、村を形成していったのだが、滅んでしまった家庭は、家系図からも消えているのだ。
「最初からそんな家は存在しなかった」
 としか思えないように、すっかりと綺麗さっぱり消滅していたのである。
 そのことを知っているのは、村長の家系だけだった。
 村長は代々世襲で守られていて、村の名主は、この村が起こった時の本家からの家系だったのだ。名主の中から村長が選ばれていたので、ここでの村長の権力は、他の村とは比較にならないほどだった。
 滅んでしまった家系があることは、誰にも知られてはいけないことだった。村長として世襲を守っていくためには、必要なことだったが、なぜ滅んでしまった家族のことが伝承本の家系図から消えていたり、村人の記憶の中から一切が消えてしまっていたりする理由は分からなかった。
 元々は一つの家系だったことを考えると、村長が村の決まりとして、
「この村では、女はこの村の男以外とは結婚してはいけない」
 ということを取り決めないといけないのだろう。
 しかし、なぜこんな決まりを押し付けられなければいけないのかということを、村人たちに説得できるだけの理由が見つからない。滅んでしまった家族の話をするわけにもいかず、どうしていいのか悩んでいたが、ある日思いついたのが、
「伝説化してしまうことだ」
 という発想だった。
 伝説化してしまうことで、伝説は倫理に対して、本当に正当なものなのかということも曖昧になってきた。
 さすがに、小さな村で、しかも、
「一代で一度きり」
 といえ決めごとを守れなくて滅んでしまった家族があることを考えれば、そのことを知っている村長とすれば、
「これは村の死活問題だ」
 と思わざるわけにはいかないことだった。
 村長は、自分一人が苦しまなければいけないことに理不尽さを感じていた。
「どうして、誰もそのことを知らないんだ」
 自分たちだけが、滅んでしまった家庭のことを知っているということで、言い伝えをしっかり守らないとどういうことになるのかを、しっかりと口で説明できないもどかしさがあった。
 最初は、どうして自分たち以外が知らないのかということに疑念があったが、ここの村長は代々世襲で守られてきて、村長の家がもし滅んでしまうと、この村も一蓮托生でなくなってしまうことだろう。
 村長にとって、自分たちの保身がそのまま村の存続にも影響しているという大きな責任を自分たちだけが背負ってしまっていることを重々分かっていた。しかも、他の村人は、そんな苦悩を知る由もない。村長としての威厳も、責任の大きさにはついていけないに違いない。
 落ち武者がこの村にやってくる前というのは、まだまだ家もたくさんあり、男女の比率はそんなに偏っているわけではなかった。確かに他の村とは隔絶していたが、まだ行き来することも、婚姻も自由だった。
 実際に、他の村に嫁に行った女もいたし、他の村から嫁をもらった家庭もあった。ただ、伝説が生まれてから他の村との間の血が混じってしまっていた家庭は、すぐに滅んでしまっていた。村の掟に従う気はなかったのである。
 落ち武者事件が起こってからというもの、村での男女の比率が次第に崩れてきた。女性の割に、男性の数がかなり少なくなっていた。女性の数が増えたというよりも、男性の数が減っていったのだ。これも村長にとっては頭を抱える大きな問題であり、
「死活問題としては、こちらの方が切羽詰まっていて、かなり大きなことである」
 という認識が代々あった。
 そこで考えたこととして、
「滅んでいく家庭のことと、男女の比率が変わってきたことを、一つにして考えてみることだ」
 という思いであった。
 確かに、同じ土俵で考えることには無理があるかも知れないが、それぞれ大きな問題を単独で考えると、どうしても優先順位を決めなければいけない。片方に力を入れていると、もう片方がおろそかになり、おろそかになった方が気になってしまって、どっちつかずの解決策を考えることになると、先に進まなくなってしまう。
作品名:落ち武者がいた村 作家名:森本晃次