落ち武者がいた村
と思うような結末が待っているとも考えられた。それだけに自分の中で信頼できる相手がほしかったのも事実だった。
――それが、この男だったはずなのに――
これは、彼を信用したことに対しての後悔だった。
そして、後悔を通り越して、彼女はこれ以上ないというほどの恐怖を味わった。彼女にしてみれば、
「死ぬことよりも恐怖は大きかった」
と思っている。
しいて言えば、そのおかげで今度は死ぬことへの恐怖心が和らいだとも言える。
「今なら、死ぬことができそうだわ」
一度死を覚悟して、死ぬはずだったあの時に、彼女は戻っていた。
「待たせたわね。私も今から行くわね」
そういって、昔の記憶が完全によみがえった彼女は、滝つぼから飛び降りた。気持ちは安らかだった。
今度は完全に死ぬことができた。彼女にとって、それが幸せだったのかどうなのか誰にも分からない。しかし、死を選ぶことが幸せと同レベルで考えていいものなのかどうかは、やはり死んだ人にしか分からないことだろう。
それから、その僧がどうなったのか、誰にも分からない。
分かっていることは、そのそのお寺がそれ以降なくなってしまったということだ。どのようになくなってしまったのか分からないが、古文書にも記されることもなく、
「この世からその存在が消えてしまった」
と言っても過言ではないだろう。したがって、その僧のことはおろか、女が落ち武者を匿っていたことも、落ち武者がこの村にいたこと自体も分かっていない。一人の女が駆け落ちをしようとしてできなかったという事実だけは残っているが、それが落ち武者の女だったのかどうか分からない。女の存在すら、怪しいものだった。
もし、それらのことが歴史上の事実として表に出ることがあるとすれば、ちょっとしたきっかけによる歴史が変わってしまうことだろう。
いや、これらのことが事実として残っていない世界の方が、どこかで歪んでしまったのかも知れない。ただ、事実を裏付けるような事柄が、「都市伝説」として残っているだけだった。各地に残っているであろう、出所の分からない「都市伝説」の多くは、この村の伝説と同じようなものなのかも知れない。
その都市伝説というのは、
「同じ村長が在職中に、一度起こった事件は二度と起こることはない」
というものだった。
その思いが、一度死を覚悟するという恐怖を感じたあと。これ以上ないと思っていた死の恐怖よりも、さらに恐ろしいショッキングなことに見舞われた彼女の気持ちが、伝説として残っているからだった……。
第二章 どんでん返し
女が身を投げて、この村にお寺が消滅してから、世の中は戦国時代が終わり、戦のない平和な時代を迎えた。
群雄割拠も今は昔、落ち武者がやってくることも、戦で田畑が荒らされることもなくなった。
元々、この村は戦とはあまり関係のない村だったので、戦がなくなったからといって、大きく村が変わるということはなかった。しかし、戦がなくなったおかげで、天下を統一した人たちによる農民支配が始まった。いわゆる幕藩政治の始まりだった。
世の中は江戸時代へと進み、歴史認識があまり深くない人でも、江戸時代の幕藩によるの農村支配の現実や、身分制度による庶民の締め付けなど、程度の度合いはあるにせよ、認識していることだろう。
この村でも類に漏れることもなく、藩主の締め付けはきついものだった。
それまで戦の影響がなかったことで、他の村とは一線を画してきたが、天下が統一され、平和な時代が訪れると、そうも言ってはいられなくなった。一つの大きな勢力の中に組み込まれるしかなかったのである。
そんな中、村長の力が村の中では絶対になっていった。ただ、それも領主に対しては、いくら尊重でも逆らうことができない。そんな村長なので、村民に対して少しでも隙があってしまうと、バランスが取れなくなる。
村の人間には、そんな理屈が分かる人などいるはずもない。村長に対して絶対服従しながらでも、不満は根柢でくすぶっていたのだ。一歩間違えると、一揆と皮一枚を隔てた一触即発の状態だったと言えなくもないだろう。
それでも何とか村が存続できたのは、村に伝わる「都市伝説」があったからだ。
「一度起こった災いは、二度と起こらない」
というものであった。
なぜそんなことが起こるのか、誰も知る由もない。落ち武者のことも、落ち武者と一緒に滝つぼに身を投げた女性がいたことも。そして、その女性を襲おうとした僧がいたことも……。
寺の存在も誰にも知られていない。血なまぐさい事件は、この村では皆無だったという事実も、この村では一種の「都市伝説」でもあった。
さらにもう一つ、この村には都市伝説が残っていた。
これは、
「一度起こった災いは、二度と起こらない」
という伝説と奇しくも同じ時期に出てきたものだった。つまりは、落ち武者や女そして若い僧が伝説を作り上げた時にはなかったものだった。
ただ、この二つはほぼ同時だとされているが、本当に最初にできたのはどっちだったのかということは誰にも分からなかった。実は重要な意味を含んでいるのだが、今はそのことに言及する時期ではないのだ。
その伝説というのは、
「この村では、女はこの村の男以外とは結婚してはいけない」
というものだった。
もし、その伝説の出所があるとすれば、落ち武者の存在しか考えられない。彼がこの村に及ぼした影響は多大なものであったことは、どうやら否めないことのようだ。
落ち武者がこの村にやってきてから、滝つぼに?み込まれるまで匿っていた女が、一人の若い僧に襲われて、一度は助けてもらった命を助けてもらった相手に奪われるという皮肉めいた結末を迎えたことを、知る人はいなかった。ただ、落ち武者が滝つぼに落ちる時、一緒に一人の女がいて、心中したということになっていたのだ。
落ち武者の遺書のようなものが残されていて、女との心中について書き残されていた。落ち武者は、自分は村に迷惑が掛からないように死に行くのだから、そんな自分に対して村人が供養をしてくれると思ったのだろう。いわゆる、
「武士の情け」
というものだ。
しかし、そんな情けが通用するような村人ではなかった。封建社会において、武士のように誉れ高いものはやはり他にはいない。現代では、
「身分差別など、もっての外」
ということになるのだろうが、当時の封建社会では、武士以外には教育を受けているわけではなく、情けのようなものは、武士以外にはなかなか存在していなかったのかも知れない。
何といっても、戦国時代。血で血を洗う血なまぐさい時代である。教育を受けていない庶民に、常識的な判断を期待するのは、度台無理なものだった。
それでも、村長のように村を治めていかなければいけない人には、それなりの常識が備わっていなければならないだろう。そういう意味でも、自分の村に、他の血が混ざってしまっては困るという発想になるのも、無理もないことである。