孤独たちの水底 探偵奇談12
文化部も早々に部活を終えているようで、どの教室も暗く無人である。
瑞は暗い廊下を進み、自分の教室を目指していた。
(ここからでも、裏山が見える)
廊下の窓から、幻想的に浮かび上がる沓薙山が見えた。笛や太鼓の音がかすかに響き、賑やかな様子が伝わってくる。屋台のやきそばが食べたかった瑞だが、現世に神様が現れ、参拝客に紛れるのだという話を聴いて少し怖くなったのだ。
自分は監視対象。許されない存在として、神様や神社の息子の颯馬から常に注目されている。ばかばかしいと無視できるほど、瑞は能天気ではない。実際にあの山で、不可思議な体験をいくつもしている。瑞が行けば、必ず雨も降るのだ。祭りに水を差すわけにもいかない。
(いいんだ。先輩とごはん久しぶりだし。楽しみ)
伊吹とゆっくり向き合う時間が、いつからか心安らぐ時となっていた。緊張感も、違和感も、罪悪感も、わけのわからない記憶に振り回されることも、全部受け入れてしまったからだろう。
自分たちの過去が、前世がどうであれ、いまを生きているのだから、その時間を大切にすればいい。伊吹がそう教えてくれたのだ。
伊吹は優しい。一緒にいると、温かい気持ちになる。気負う必要も、取り繕う必要もない。そのままの自分を、笑って、ときに叱りながらも受け入れてくれる。それに甘えているところもあるかもしれないのだけれど、その甘えさえ許されているような気もする…。
(って、だめだな最近。俺たるんでないか…?)
ほんわかとなごんでしまう自分に突っ込みを入れつつ、瑞は歩みを進める。教室の前まで来て、扉を開こうとしたとき、瑞の耳からお囃子の音が消えた。
「…?」
ぴんと張りつめた感覚に支配される。空気の流れが止まり、唐突な息苦しさに顔をしかめた。なんだ、これは。
ぎゅっと身体の四肢が圧迫されるような感覚。ひどい耳鳴りに、何か別の音が混じっている。音じゃない、これは声か…?
――境界を越えおった
「え?」
いつか、沓薙山で逆さ地蔵によって異界に迷い込んだ際にも声を聞いた。男でも女でもない。機械じみた、無機質な声。しかしいま耳を震わせているのは、ひどくざらりとした、耳障りな音だ。
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白