孤独たちの水底 探偵奇談12
ふわふわと浮かぶ光を指先で遊ばせながら颯馬が答える。
「だから、何か変わったんじゃないかって想像したんです」
触れた光は粒子のように細かくわかれて消えてしまう。そしてまた新たな光となって現れた。
「…もう、たぶん二度と会うことはないよ。煩わしい記憶に振り回されることも」
伊吹は静かに答えた。答えた自分の言葉に、胸が痛むのがわかった。
あの滝の前で、伊吹はたしかにかつての瑞と、袂を分かったのだ。己の世界から、消したのだ。いや、消したのではない。あるべき形に戻したというべきか。未来を進むために。
「辛そうですよ」
「…でも後悔はしてない。これでよかったと思う。そう思えるように、ちゃんと前を向いて歩いていきたい」
伊吹は、静かに思い出す。夢のような神隠しの出来事。その中で交わされた会話も、邂逅も、見た光景も、この世のどこを探してもない。もう夢の中にさえ、なくなってしまったのだ。扉は閉ざされた。「向こう側」は、もうない。鍵をかけたのは自分だ。後悔は、ない。ないのに。
「それなのに、まるで自分の内側を削り取られたみたいに、苦しい…」
「……」
「自分の中の知らない誰かが、寂しい寂しいって泣いてるみたいな感覚が消えない」
大丈夫ですよ、と颯馬が静かに返す。
「その寂しさも苦しさも、ちゃんと、帰るべき場所に帰っていくはずです。時間が経つと、雪が解けて季節が変わるのと同じように。だけどそれは失うこととは違う。だから、辛いことじゃない」
そうかな、そうだといいな。そう呟いた自身の声の震えを颯馬に気取られないよう、伊吹は喉の奥に力を込めた。
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白