孤独たちの水底 探偵奇談12
「…さよなら、伊吹」
「ありがとう、瑞」
一陣の風が吹き、目を閉じたほんの一瞬でもう瑞の姿は見えなくなっていた。知らぬ間に、伊吹は隣の瑞の制服のすそを握り、涙を零してた。これでいい。これでよかったんだ。だって最後に、あいつは笑ってくれたから。
「俺も後悔しない。二度と、させない」
瑞が力強く言う。気持ちは同じだと、そう言ってくれているのがわかった。
そして。
「あのさあ!」
瑞が滝のほうに向きなおって声を張り上げた。
「もうやめてくんない?」
「なにをだ」
「こーゆー嫌がらせをだよ」
天狗相手にまったくひるむ様子のない瑞。腰に手をあてて、心底不愉快だと言うように言い放つ。
「自分の運命は自分で決める。あんたらに正解不正解、正義か悪かなんて判断してほしくないんだけど」
痴れ者めが、と天狗は怒気を荒げて言う。
「歪めてはならんものがある。侵してはならん領域がある。命はみな等しく天命に沿って生きておる。不死などない、過ぎぬ時などない。そこからはみ出したものは正しい道に戻してやらねばならん。ぬしの為ではない、世の理の為にだ!」
皮膚をびりびりさせる声。水面が逆巻いて飛沫がとぶ。しかし瑞はまったく動じていない。
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白