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「あんたらは神様は傲慢だよ。人間の感情や絆について、すべてを知った気でいるんだから」
「……」
「神様にはわかんないかもしれないけど…人間の想いはいろんなことを動かすんだよ。それくらい強いものなんだ。理屈や理なんていう約束事で動かせるものじゃない」

伊吹は、その言葉を聞きながら、消えてしまったもう一人の瑞のことを考えている。すべてを越えて、伊吹に会いたい一心で、失われた場所から会いに来た瑞のことを。

「俺は正しいことをするよ。大事な人達と一緒に生きていきたい。家族や友だち、誰かを大切に想う気持ちは、どんな形であれ正しいんだ。そのひとにとっては絶対的に。離れたくないと嘆くことも、正しいと思う。他人に『それは変だよ』なんて非難できるわけがない。だからもうどんな嫌がらせしてこようが、負けないから」

そう言って瑞は、足元の石ころを蹴っ飛ばした。その瞬間、ものすごい水音がして地面が揺らいだ。滝の中から、巨大な、毛むくじゃらの真っ赤な腕が突き出てきた。

「うおっ！」

その指一本一本が大木のような太さである。その手が瑞の身体を包む。


「主の力の一部は、消えた半身のもの。かえしてもらう」


それきり腕は再び瑞を離れ、滝の中へ戻っていった。

「…この痴れ者めが。おまえにはほとほと愛想が尽きたわい。とっとと戻れ」

それきり、影は消えた。後に残ったのは滝の水音と、狭い空を満たしていく夜の匂いだけだ。
そして伊吹の方を向いて笑う。

「先輩、帰ろ」

それは会心の笑みだった。自分を取り巻く不可思議で意地悪な運命もすべて肯定し、それでも自分が望んだように生きてやるのだという、そんな瑞の、晴れ晴れとした気持ちを表していた。

「…ああ、帰ろう」



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