孤独たちの水底 探偵奇談12
「過去を清算して幸福だった世界に戻るか。それとも、苦しみながらこちら側で生き続けるか。境界を完全に断絶させないと、向こう側がこちらへと様々な影響を及ぼしてくるだろう。おまえ自身にも、様々な弊害が生まれる。いまここでどちらかを切り捨てよ。さもなくば、今以上にぬしの魂は混乱し、定められた運命が改変されてしまう。おまえが選ぶのだ。おまえの選択に、その二つに分かたれた魂の運命を委ねよう。二つの魂は、おまえを巡って転生するのだから」
どちらかを、切り捨てる…。
二人の瑞の狭間で、伊吹は瞑目する。思っている以上に落ち着いている自分を自覚する。それはもう、伊吹の気持ちが随分前に決まっていたからだと思う。覚悟を決めたときから、きっと答えは決まっていた。
伊吹は目を開け、天狗に向かって言い放つ。怖がっている場合ではない。
「俺は、戻るのじゃなく、進みたい」
天狗は、伊吹の言葉の続きを待つように沈黙している。
「戻りたい、取り返したいと嘆いていたら、この先も同じだ。これまでもこの先も全部ひっくるめて、飲み込んで、こいつに新しい道を探してやりたいんだ」
隣で、瑞が、今この世界で後輩として出会った瑞が、戸惑うように瞳を揺らしている。
「瑞、ごめん」
伊吹は、過去の瑞に真正面から向き合った。彼は、いつもと同じに優しく、悲しそうに笑っている。
「…あなたが苦しんでいるのは理解できるよ。取り戻せないものを嘆いて、繰り返して、手に入るまで彷徨い続ける。それって酷だ。だからいまこの時代で、この世界で、もう終わりにしよう。断ち切るんだ。だから俺は、こいつと行く。ごめん」
伊吹は後輩の腕を掴む。眩しい過去には、抗いがたい引力がある。楽しかったのだろう、幸福だったのだろう。しかし。
前を向いて進んでいきたい。立ち止まって振り返って、戻れない時間を惜しむのではなく、この先の未来にも、新たな魂の道があるのだと信じて変わっていかなくては。進んでいかなければ。
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白