孤独たちの水底 探偵奇談12
伊吹は気づいた。滝のたもと、しぶきを上げるその場所に小さな影。それは先ほどまでそばにいた、あの真っ白い面をつけた作務衣姿の男だった。
「おまえ…」
作務衣の男は静かに伊吹の目の前にやってくる。そして面をとった。その下に現れたのは。
「…みず」
「お。俺…?」
伊吹と瑞は、同時に驚愕した。
それは、夢の中で出会うあの瑞だった。幾度も邂逅を果たし、ときに伊吹を導いてくれた存在。その瑞が、静かに口を開く。
「俺は、夢でも過去でもない。本来ならば失われたはずの、『なかったことになったもの』。存在しないものなんだよ。いてはいけない。まして、伊吹に会いに来るなんて」
感情の抜け落ちた静かな声で、瑞が続ける。面を持つ指先が、かすかに震えていた。
「中途半端に力を持っていたせいで、まだ未練たらしくこうして彷徨ってる。なかったことに、できなかった。苦しみぬいた千年先で伊吹と出会って生きたわずかな時間を、なかったことになんてできなかった」
そう言って、作務衣姿の瑞は笑った。悲しそうに。伊吹の胸が締め付けられる。
「選べ」
再び、天狗は問う。
どちらかの瑞を、選べと言うのだ。
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白