孤独たちの水底 探偵奇談12
そのとき。
「 選 べ 」
ずん、と胸に落ちてくる思い声を聞き、伊吹は瑞とともに凍り付く。鳥居の向こうの滝の向こうに、異様に大きな影が見える。滝のすさまじい勢いと水煙にその影がどんな形かははっきりとは見えない。天を仰ぐその鳥居と同様なほどに大きい影だ。四メートル、五メートル、いやもっと大きいかもしれない。
瑞も伊吹も委縮して動けない。
あれは天狗だ。沓薙四柱の要。運命を授ける神。
瑞を監視し、伊吹を牽制し、ここまで導いた者。
「選べ」
その重く低い声は、はっきりと伊吹に向けられているのがわかる。それだけでもう、金縛りのように動けなくなる。声も出せない。自分たちは裁かれるのだ。伊吹はそう確信した。怖くて怖くてたまらなかった。
「選べ、こうずえいぶきよ」
「かつて心を交わした瑞か」
「それとも幾度目かの邂逅を果たしながら、すれ違い続ける瑞か」
「どちらかをいまここで選べ」
影は、天狗は、地を揺るがすような低い声で木々を震わせ水面をめくりあげて言う。
選べ?
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白