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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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孤独たちの水底 探偵奇談12

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老人について歩き、そこに辿り着いたときはもう夕暮れだった。空は茜に染まっており、山際から夜の気配が徐々に近づいていた。

「ここは…」

そこは、農道が途切れた山の入り口だった。雑木林が広がっているその小さな区画に、ぽつりと社が建っている。小さく古い。狐の社に似ているが、こちらはもっと古いようだった。
その祠の前に、花が活けられている。こんな古びた祠に通い、手を合わせるひとがいるのだろうか。瑞は何だか、切ないような、それでいてホッとするような気持ちになるのだった。

「ご覧、瑞」

老人に言われ、その花を見る。青い花だ。道端でよく見る。名前は知らない。そのあたりで摘んで活けられたかのようだった。景色になじむ、その素朴で小さな花。

「ツユクサだよ」

その一本の葉には、一滴の雨粒が夕日を反射し宝石のように輝いていた。美しい露に、瑞は見入った。

「雨は、豊穣をもたらし、土に還り、やがて空へ戻り再び命となって降り注ぐ」
「……」

老人の声は柔らかく、どこまでも優しい。小さい子どもに言い聞かせるかのように、彼は続ける。

「繰り返すもの。命を生み出すもの。尊ばれ、愛され、常しえに在り続ける美しいもの。おまえの名だ、瑞」
「…俺の名前、」

それを聞いた瞬間、瑞は確信した。祈りを込められた自分のこの名前。つけてくれたのは、このひとなのだ。いつかの世で、愛され、慈しまれた。こんなにも嬉しくて、切ない。それなのに、思い出せないなんて。

「伊吹が待っている。わたしが力を貸してやれるのはここまでだ。あとは、お前たちの意思で未来を決めなさい」
「あの、ありがとう…ございました…」

名前を聴けたらいいのに。もっと話ができたらいいのに。だけどそれはいけないことだと、瑞にはもうわかっている。この邂逅も、きっとあってはならないものなのだ。なかったことにしたのだ、このひとの存在も…。

恋しさを押し殺し頭を下げた瑞は、髪に温かな手の温度を感じた。老人の手が、頭に優しく乗せられている。慈しむように撫でられる。まるでわが子を、孫を愛おしむような手つきだった。

「まったく…いつもでも手のかかることだ、おまえというやつは…」

そう言いながらも、老人は嬉しそうに微笑んでいるのだった。

「さあ」

促され、ツユクサに溜まった水滴に、人差し指の先で触れる。ひんやりとしたその心地よさを感じた瞬間、光が弾けて何も見えなくなる。視界が白く白く染まっていく。瑞はきつく目を閉じた。



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