孤独たちの水底 探偵奇談12
月明かりに青い森を行く。あてがあるわけではないのだが、足を進めていないと伊吹は落ち着かない。
(…こいつは何なんだろう)
後ろからついてくる作務衣の男は、何も言わず音もたてずに歩いている。この森のどこかに瑞がいるのだとして、ともに学校へ戻ることができるのだろうか。先ほどそんな疑問をぶつけてみたのだが、彼は何も答えてはくれなかった。
「何かある…鏡?」
それは夜空を移した鏡面のような池だった。美しい月と空を映し出した水面は、波一つ立っていない。ひんやりとした温度を感じさせる夜空を映すその深い青。生き物の気配はない。命を感じさせない水面は、現実離れした唐突さで伊吹をいざなう。
「すごい…」
覗き込む。そこには伊吹の顔が映り込んでいる。
はずだった。
「…?」
違和感。何か、おかしい。映り込んでいる自分の顔が、姿が、まるで自分ではないような違和感。目をこらす。こちら側の伊吹をじっと見つめているその人物。
「!」
それに気づき、伊吹は水面からとっさに離れる。これは鏡ではない。水面のその向こう側は、水底ではない。どこか別の空間…。
「向こう側だ」
作務衣の男がそばに来て、言う。
向こう側?
「ご覧。きみの半身がいる」
促され、伊吹はもう一度水面に近づく、おそるおそる覗き込むと、そこにもう月夜は映っていなかった。水面に映るのは、眩しい日差しと、木々の影。そして、瑞だった。制服姿で、先ほど別れたときのまんまの彼がいる。
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白