孤独たちの水底 探偵奇談12
それさえ、神様達は身勝手というのだ。自分はよほど、罪深いらしい。伊吹と二人で『なかったことにした』という世界で、瑞はどのような存在だったのだろう。
「…貸せ、」
「お狐さん…」
少女はそっと瑞の手からハンカチをとると、手のひらに巻き付けて止血してくれた。
「我にできることはさほどないだろうが、伊吹のもとに帰れるよう力を貸そう」
「…ありがとう、でもいいの?」
沓薙の一柱である狐だって、瑞の行いが許されないことと理解しているはずだ。
「…我にも失いたくないひとがいるからな。気持ちはようわかる」
ああ、そうだ。この狐もかつて、大切な場所を、ひとを奪われそうになっていたのだっけ。
「さあ行くぞ。急いだ方がいいやもしれぬ」
「うん」
「封じは破られた。扉はないがおぬしなら蹴破れるであろ」
「そーゆうのめっちゃ得意」
渾身の力を込めて、伊吹は靴の底で壁を蹴る。木目にミシミシと傷が走り、外の景色が現れる。通り抜けられるくらいまで破壊して這い出る。眩しい夏の空が広がっていた。セミの鳴き声、木々の隙間から落ちる木漏れ日。
「…ここはどこだ」
今まで自分がいた半壊した建物を振り返ると、そこは神社の本殿のようだった。前方には鳥居があり、下へと降りる石段が続いている。
「さっきまで夜だったよね?」
「われにも干渉できぬ世界だ。何があるかわからんから、心せよ。伊吹のもとに戻りたいのなら、行くしかなかろう」
「当然でしょ」
ここがどこで、この先がどこに続いているかなどどうでもいい。瑞が戻るべき場所は、ただ一つ。
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作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白