孤独たちの水底 探偵奇談12
「前世の俺が、先輩に会いに来ちゃったっていうこと?」
「前世、というと語弊がある。前世、別の世界、別の次元、といったほうが正しいやもしれん。お前たちが二人で、『なかったことにした世界』にいたおまえ自身だ」
なかったことにした世界。別れを選んだ、世界。
「それは、もはや禁忌だ。あってはならぬことなのだ。混じり合ってはいけないのに。処断をここで待て」
よくわからないけれど、瑞が悪いことをしたから閉じ込めたということか?
「ちょっと待ってよ。俺、帰らないとだめなんですけど」
「すまぬ。われにはどうすることもできんのだ…この部屋は見てのとおり封じの間。おまえの力ではこの札は」
「ふざけんなよ」
瑞は立ち上がる。
「先輩と飯食う約束してるんだよ、俺は!」
以前、颯馬に言われた言葉を思い出す。意地悪な運命に負けるな、と。
「よさぬか!まじないがかけられておるのだぞ!」
「いいの!」
お札に触れると、びりっと電気が走るような痛みを感じ、札に触れた皮膚の表面が張り付いた。しかしそんなこと構っていられない。無理やり引きはがすと、皮膚が破れて血がにじむ。瑞は壁中の札をはぎとり、破り、くしゃくしゃに丸めると畳の上に叩きつけた。
「腹立ってきた!俺は帰る!天狗だかなんだか知らんけど、あんま勝手なことしてんじゃねえぞ!」
制服の裾で血をぬぐって壁を上履きのそこで思い切り蹴とばす。罰当たりもいいところだが、怒りでいっぱいの瑞にはどうでもいいことだった。
「…何というやつだ」
「絶対に帰る。先輩が待ってる…」
伊吹がきっと心配している。早く帰らなくては。早く。激情が去って血まみれになった手のひらを見つめる。制服のポケットからハンカチを取り出し押し当てた。じんじんと痛みが走り始め、今度はなんだか猛烈に悲しくなってくる。
「…俺ってそんなに悪いのかなあ」
「…おぬし」
「大事なひとと一緒に、生きてたいってだけなんだけど…」
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白