孤独たちの水底 探偵奇談12
「おれを さがしに きて」
一言。
それを聞いた途端、肩の痛みが消え、目の前の人物はふうっと消え失せた。煙のように。
「は?」
あとに残っているのは、ねっとりと濃い闇と。山から聞こえて来るお囃子の賑やかな音だけ。幻覚でも見たのだろうか。いや、そんなはずはない。肩にしっかりと痛みが残っているのだ。声も覚えている。いまのは、間違いなく瑞だった…。
(探しに、来て?)
伊吹はスマホートフォンを取り出して、急いで瑞の番号を呼び出した。嫌な予感に気が急く。
暗がりの中から、わずかに響いてくるのは着信音。その音を追って廊下を駆けた伊吹は、教室の入り口にスクールバッグが落ちているのを見つけた。微かに残る香水の匂い。瑞の鞄だ。その中から着信音が響いている。
「あいつ、どこに…」
こんなところに鞄を放り投げて、どこへ…。探しに来て、と訴えに来たのは間違いなく瑞だ。まるで、自分の意思ではない何者かによって消えてしまったかのようなシチュエーション。
「須丸!おい!」
周囲に向かって声をかけるものの、応えるものは夜の沈黙のみ。瑞の鞄と一緒に、見覚えのあるものが落ちているのを見つけ、伊吹は背筋を泡立てた。
櫛だ。半月の形をした、古い古い飾り櫛。茶色というよりは殆ど黒ずんでいる。
これは先だっての呪詛事件で、夢の中の瑞から伊吹に手渡されたものだった。護ってくれるから、と。この櫛を手渡されたとき、伊吹には事実危機が迫っていたのだ。夢に見る、いまの時代ではなくいつかの時代の瑞。彼が夢から、現実にいる伊吹に手渡した飾り櫛。事件のあとは、伊吹からこの時代の(?)瑞に手渡されていた。いつかの二人を繋ぐ、不可思議な存在。その櫛が、ここに落ちているということは。
作品名:孤独たちの水底 探偵奇談12 作家名:ひなた眞白