白骨山(しらほねやま)
娘たちの鬼を運ぶスピードは速かった。久美も惣一も駆け足で、鬼を担いだ娘たちを追う。
もうすぐ、元名海岸に到着するという時だった。
「お前らーっ!」
鬼の意識が戻ったのだ。怯えた娘たちが鬼を落とした。鬼は立ち上がろうとするが、惣一の薬がまだ効いているのだろう。足元はおぼつかない。
「く、くそー……」
鬼は千鳥足で久美と惣一の方へ向かってくる。
「久美、この際、生娘でなくてもよいわ。おのれを食らって……」
久美と惣一は保田海岸を元名海岸の方へ逃げた。無論、その後を鬼が追う。娘たちは復活した鬼に恐れ戦き、ただ震えていた。
久美と惣一は元名海岸までたどり着いた。惣一が釣りをした、あの堤防である。その脇には小さな漁船が停泊していた。久美と惣一は迷わず、その漁船に乗り込むと、もやい(縄)を解いた。惣一は小さい頃から櫓を漕ぐのが得意だった。
「みんな、勇気を出すのよ。その鬼を沖の二間島まで連れていくの!」
久美が震えている娘たちに向かって叫んだ。
「でないと、あなたたちは永遠に成仏できない。この鬼の虜よ!」
すると娘たちは、渋々ながら鬼を担いだ。
「こら、お前たち、儂に逆らうのか!」
鬼が怒鳴る。娘たちは鬼の手足を掴み、海の上を渡っていく。その後を久美と惣一を乗せた漁船が追う。
「うおおおおおーっ!」
鬼が叫んだ。するとどうだろう。鬼の姿は見る見るうちに大きな蛸の姿に変わっていくではないか。
「あ、あれは……!」
惣一が恐れ戦く。
「そう、伝説の大蛸よ! かつて保田の海に君臨し、海を護ると嘯いて、生娘を生贄に差し出させていたという大蛸よ!」
「鬼の正体は大蛸だったのか!」
大蛸は八本の脚をくねらせ、次々に娘たちを追い払っていった。その様はまさに悪鬼の如しだった。娘たちは無体にも、その脚で打ち払われていく。
「うおおおおーん!」
大蛸は怒りに震えながら吠えた。二間島は目と鼻の先だった。
すると突然、大蛸の脚の一本が伸び、久美を捕えた。
「この娘、よくも裏切ってくれたわ。よいか、これから毎日、生娘を生贄としてこの海に捧げろ。手始めは久美じゃ!」
「きゃーっ!」
「くくく、観念せい。お前は生娘ではないが、裏切った罰じゃ。食らってやるわ。はらわたがまた格別じゃて」
作品名:白骨山(しらほねやま) 作家名:栗原 峰幸