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白骨山(しらほねやま)

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 久美の体中には吸盤が巻き付き、身動きがとれないでいる。久美は海中に引きずり込まれそうになり、もがき苦しんでいた。
「久美さん!」
 惣一の目に一本の銛が入った。漁船に積んであった銛である。惣一はそれを掴むと、果敢にも海へ飛び込んだ。
 大蛸の脚は巻かれ、今にも久美をその尖った嘴に運ぼうとしているところだった。大蛸は久美に涎を流し、惣一など眼中に入っていない様子だった。
(蛸の急所は目と目の間……)
 惣一は銛の狙いを大蛸の目と目の間に定めた。
「くそーっ!」
 惣一は渾身の力を込めて、大蛸に銛を突き刺した。それは目と目の間を完璧に貫いていた。
「うぎゃーっ!」
 大蛸の絶叫が響いた。途端に脚に力がなくなり、久美を放す。惣一は久美を抱えて、漁船へと引き揚げた。久美は気を失っていた。そして、もう一度海中へと潜る。
 大蛸は全身の力が抜けたように、その身をダランと放り出し、潮の流れに翻弄されていた。惣一はその大蛸の頭を掴むと、二間島の方へと泳いでいった。
 夜明けが近かった。東の空が白みかけている。
 惣一は二間島に大蛸を載せた。そして鋸山の方を振り返る。
「大仏様、鬼は、大蛸は退治したぞーっ! どうすればいいんだーっ!」
 惣一が叫んだ。すると鋸山の中腹、ちょうど大仏の辺りから一筋の光が大蛸に向かって伸びた。その光を浴びた大蛸の胴体が割れた。蛸は頭と思われている部分が胴体なのだ。
 すると、その大蛸の胴体から人魂のような光が点に向かって伸びた。
「ありがとう、惣一さん。私たちを解放してくださって……」
 海上に漂う娘たちが、惣一に頭を下げた。
「み、みんな……」
「久美さんをよろしくお願いします」
 そう言い残すと、娘たちの身体が透けていく。ようやく鬼に食われた娘たちの魂が開放されたようだ。惣一はその時、「迷わず成仏するがよい」という大仏の声を聞いた。
 朝日が差し込んだ。すると、二間島の上に横たわっていた大蛸の身体が見る見るうちに朝日に溶けていく。
 惣一は二間島の上で大仏の方を見つめた。それは鋸山の中腹から、少しだけ顔を覗かせていた。

「やっぱり、ここを去るのかい?」
 身支度を終えた久美に惣一が尋ねた。久美は無言で頷く。
「駅まで見送るよ」
「その必要はないわ。この町を出て行く前に鋸山へ行くから……」