白骨山(しらほねやま)
「どれ……」
鬼が小瓶から錠剤を掌に、ポロポロとこぼす。そして酒の入った樽に放り入れた。錠剤はクルクル回りながら溶けていった。鬼は枡に酒を酌むと、ゴクゴクと飲み乾した。
「ふむ、なかなかない味だな。まあ珍味ぞい」
そう言って、鬼は更に酒を酌む。調子付いた鬼は酒をたらふく飲んだ。赤い顔がより一層赤くなる。
「そろそろ効いてくるはず……」
久美が口元に薄笑いを浮かべて呟いた。その直後だった。
「うーん、酔っ払っちまった……。おかしい、天井がグルグル回る。それに身体がしびれる……」
鬼はだらしなく身体を投げ出した。久美が惣一のリュックを弄った。
「ふふふ、自殺グッズは役立つものよ」
久美の手には惣一が自殺をするために用意した縄が握られていた。
「何をボヤッとしてるの。惣一さんも鬼の首を絞めるのを手伝いなさい!」
既に鬼は意識が朦朧としている。久美はその鬼の首に縄を掛ける。久美が右の端を、そして惣一が左の端を掴む。
「いいわね、いくわよ」
久美のその合図に、惣一は渾身の力で縄を引いた。久美も思い切り縄を引っ張る。鬼の首に縄が食い込んだ。
「ぐええええ!」
鬼は縄を解こうとするが、身体に力が入らないのか、首まで手が持ち上がらぬ。鬼の目は突出し、口からは生臭い涎が垂れていた。
惣一は尚も力を緩めることなく、縄を引っ張り続ける。やがて、鬼の手がブランと垂れ下がった。
「死んだのかな?」
「このくらいで死ぬなら、苦労はしないわ。気を失っているだけ。さあ、この鬼を運ぶわよ」
久美は鬼の身体を持ち上げようとするが、その巨体はピクリとも動かない。惣一も鬼を持ち上げようとする。しかし、少し身体が浮くくらいだ。幽霊の娘たちが駆け寄ってきた。するとどうだろう。彼女たちは軽々と鬼の巨体を持ち上げたのだ。
「さあ、こっちよ」
久美は小屋の扉を開け、娘たちを誘導する。鬼を担いだ娘たちは小屋の外へと運び出す。
「どこへ連れて行く気だい?」
惣一が疑問に思ったのも不思議ではあるまい。久美たちはこの鬼をどこへ連れていくのだろうか。
「二間島よ」
「元名海岸の沖にある、あの小さな二間島かい?」
「そうよ。あそこから鋸山の大仏の力を借りるの」
「大仏の力?」
「あの大仏は東京湾を護るために建立されたの。そこに鬼の邪気が入り込めば、大仏の力が借りられるわ」
作品名:白骨山(しらほねやま) 作家名:栗原 峰幸