白骨山(しらほねやま)
久美が瞳を伏せた。惣一は苛立つ自分の心を鎮めることができなかった。釣竿を畳んで、堤防を去ろうとしていた。
「そんなに死にたいのなら、白骨山に行ってごらんなさい」
惣一の背中に久美が投げかけた。
「白骨山……」
白骨山とは保田にある山で、それほど標高は高くない。かつて、そこには鬼が棲み、村の娘をさらっては食っていたという伝説が残っていた。
久美は呆けた表情で固まる惣一の脇を抜け、足早に去っていった。久美は遠縁と聞かされているだけで、その素性は惣一もよく知らなかった。謎の多い女性であった。
「今日はやっぱり泊まらないよ」
そういい残して、惣一は実家の民宿を後にした。小さなリュックサックを撫でる。そこには首を吊る縄が入っているのだ。
「白骨山か……」
夕暮れ時はとうに過ぎ、辺りは宵闇が支配していた。惣一の足は白骨山へ向かっていた。それは小高い丘を一回り大きくしたような山なのだが、木々が鬱蒼と茂り、暗澹たる惣一の心をより一層、暗くした。
山の中腹に差し掛かった頃だろうか。惣一の目に小さな灯りが飛び込んできた。よく目を凝らすと、灯りは一つではない。おぼろげな灯りがいくつも点在している。
(こんな山の中に、一体何だ?)
惣一は訝しげに首を傾げた。振り返ると、海にはイカ釣り漁船の灯りが煌々と燈っていた。
惣一は意を決して、おぼろげな灯りの正体を確かめようと、山を登った。
そこにあったのは寂れた小屋だった。そう、まるで山小屋のようだ。電気は引いていないのだろう。ぼんやりと燈る灯りは行灯かもしれないと惣一は思った。
「こんなところに山小屋なんてあったかな?」
惣一は訝しげな顔をしながら、小屋の中を覗き込んだ。すると、そこには多数の若い娘が着物姿で俯いているではないか。
「やっぱり来たのね」
惣一の後ろで声がした。確かに今まで惣一一人だった筈だった。背後に人の気配など感じてはいなかった。だが、振り向くとそこに久美がいたのだ。
「く、久美さん!」
「そんなところで覗いてないで、中へ入ったらどう?」
「ここは、一体……?」
久美はそれには答えず、扉を開けた。そして、惣一を中へ招き入れる。
「みんな、お客さんだよ」
威勢のいい久美の声が響いた。すると、中にいた娘たちは、一斉に惣一に注目する。虚ろだった娘たちの顔が一斉にほころんだ。
「きゃーっ、殿方よーっ!」
作品名:白骨山(しらほねやま) 作家名:栗原 峰幸