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白骨山(しらほねやま)

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(畜生。これじゃ、自殺どころじゃないぜ……)
 仕方なく、惣一はもと来た道を引き返し始めた。中腹の大仏はまるでしたり顔のように笑っていた。下山すると、民家の屋根に猿の群れがいた。その猿たちは惣一を一瞬、睨むと山の中へと消えていった。惣一は猿にまで疎まれているような気分になった。

 惣一が実家の民宿に帰ったのは、鋸山を下山し、元名海岸を少し散歩してからであった。
「あら、惣一さん!」
 出迎えてくれたのは綾瀬久美であった。
「旦那様、女将さん、惣一さんが帰ってこられましたよ!」
 久美は明るい声が響いた。久美は気立てがよく、性格も明るい。どのような経緯でこの民宿に勤めることになったか、詳しくは知らない惣一であったが、好感の持てる女性だった。
「おう、惣一、どうしたんだ。ひょっこり帰ってきて。仕事、忙しいんだろ?」
 奥から惣一の父親、源蔵が顔を出した。
「ああ、仕事ね。クビになっちゃったよ」
「何?」
「リストラってやつだよ。俺の開発した薬で中毒患者が出たんだ。あっさりクビさ」
 そう言うと、惣一は小さなリュックをつまらなさそうに、ドサッと下ろした。
「じゃあ、お前、これからどうすんだ? まだ東京のアパートは引き払ってないんだろ?」
「まだ、この先のことは考えていないよ。まあ、フラッと故郷が懐かしくなってね……」
「そうか。今日は平日だし、予約客もいないから、ゆっくりしていけ」
 源蔵はそれ以上、惣一に何も聞かなかった。ただ、久美が心配そうな顔をしていた。
 惣一は荷物を放り出すと、物置小屋に仕舞ってあった、釣竿を取り出し、元名海岸へと向かった。釣竿と言ってもそれは延べ棒である。釣具店で餌のアオイソメと簡単な仕掛けを買い求め、元名海岸に突き出す堤防へと向かったのだ。
 堤防の向こうは磯場となっており、様々な魚が生息している。子どもの頃より、惣一はこの堤防で釣りを楽しんだものである。
 魚からの返事は芳しくなかった。それでも、時々釣れてくるネンブツダイという雑魚を相手に、久々の釣りを楽しんでいる様子だ。
「どう、釣れる?」
 その声に振り向くと、そこに久美がいた。久美は優しい笑顔を湛えながら、バケツを覗き込んでいた。
「雑魚ばっかさ」
「それでも、可愛らしい魚ね」