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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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第3章 学びの園 1. 青方偏移


「ちょっと――」
 誰かが背中を突ついている。
 誰よ――?
「ノンノ――」
 はい――?
「ノンノ!」
 耳を引っ張られて、飛び上がる。
「あ……」
「お帰り」
 リーウだった。
「た……ただいま」
 とりあえず、そう言う。
「久しぶりね。元気だった?」
「う……うん」
 久しぶりと言われても、前回会ってからどれくらい経ったのかは分からない。
「リーウこそ、元気だった?」
 今回は、机に突っ伏して眠っていたらしい。向こうの世界で恥ずかしげもなく歌を披露して、何やら色々話をして、それから寝たのまでは憶えている。
「元気に決まってるじゃない。残念なことに、私は元気だけが取り柄なんだから」
「それって、残念なこと?」
 目をこすりながら。暖野は言う。
「仮病使えないじゃん」
「そんなの、使わなくたって」
 暖野は苦笑いする。「あれから、どれくらい経ったの? 今日はいつ?」
 そう、最後に統合科学院に来てから、何日が過ぎたのか気になる。
「あれから、ねえ」
 リーウが言う。「もう忘れちゃったかな」
「そんなに?」
「嘘よ、嘘!」
 深刻な顔をする暖野に、リーウが笑う。「一昨日よ。あんたが花壇で寝てたの」
「もう!」
 もっと言い方あるでしょうに――
「でも、よかった」
 暖野は言った。前の夢のこともあり、かなり憂鬱だったのだ。リーウとこうして話していると、嫌なことを忘れられる。
「ノンノ、相当疲れてるみたいね」
 リーウが察して言う。「そっちでは、何日過ぎたの?」
「三日……かな? たぶん」
「それは、確かに嫌よね」
 リーウが頷きながら言う。「フーマはそういうこと、全然言わないから」
 そう、フーマ・カクラも暖野と同じ通いなのだった。
「それはそうと、今は?」
 暖野は訊く。
「休み時間。もうすぐ次の授業が始まるよ」
「そうなんだ」
 そうか、やっと授業が受けられるんだ――
 暖野は思った。
 鐘が鳴り響く。授業開始の合図だ。暖野は気を引き締めた。
 講義室の扉が開く。
「起立!」
 教師が教壇に着く。
「礼!」
 鷹揚に教師が手を振る。
「着席!」
 これは、どこでも変わらないのね、と暖野は流れに従いながら思う。
「では、前回の続きから――」
 やたらひょろ長い印象の男性教師が教卓の棒を持って言う。そこで、動きが停まる。
 暖野の方を見ている。
 え? 私――?
「君は、私の授業は初めてだったね?」
 教師が言う。
「あ、はい!」
 つい立ち上がってしまう。
 失笑が沸き上がる。
 暖野は赤面した。
「いやいや、座ってよろしい。私は心象論のテンペス・ウィバート。君は心象論は初めてかな?」
「はい」
「心象論とは、心の問題が体に及ぼす影響、また逆に生理学的拘束が心に及ぼす影響についての学問だ。心理学にとっても生理学、医学にとっても核心を成す重要な部分だ。少なくとも、私はそう思っている」
「はい」
「して、君は心身一如という言葉は知っているかね?」
「はあ、一応は」
「では、よろしい。席に着いていいと言ったはずだよ。そう畏まらなくてもいい」
 固まったまま直立している暖野を見て、また教室内に笑いが広がる。
「では、前回の続きから――」
 ウィバートが声を張り上げる。
 えーと、教科書、教科書――
 暖野は鞄を漁る。
 聞いたこともなく、買った覚えもない教科書を探すのは滑稽なことだ。
 だがそれは、鞄の中ではなく机の中にあった。
【心象論1】しかも、暖野の名前まで入っている。
「――でだな、まずこれを聴いてもらおう」
 ウィバートが教室の隅に移動する。何か機械を操作すると、音楽が流れ出した。
 一体何をしたいのか。
 聴いているうちに、とても寂しい気持ちになってくる。静かなメロディなのに、どこか心の底を揺さぶられるような……
「では、次の曲を」
 ウィバートが言う。
 また曲が流れ出す。
 何? 同じじゃ……
 でも、ちょっと違うな――
 テンポは同じみたいだけど、音調が微妙に違う。
 それに、何だか安心できる。上手く表現できないけど、穏やかで暖かな……
 曲が止まる。
「どうだったかな?」
 ウィバートは教室を見回した。
「あの……」
 手を挙げたのは、級長のアルティア・ワッツだった。「それは、最初のはマイナーで、後のはメィジャーですよね」
「その通り」
 ウィバートが言う。「それで、君はどう感じたかね?」
「最初のは悲しい感じで心に響くというか……。後の方は、響くというより包み込むような感じというか、上手く言えないですが穏やかさは感じられました」
「そう」
 ウィバートが言う。「では、続けて次を聴いてくれるかな」
 曲目は同じようだった。ただ、テンポが違っている。かなりアップテンポだ。パーカッションの効きもいい。心の裡をかき鳴らされるような感じに、引き込まれる。
「はい、ここまで。では、次」
 ウィバートは皆の思いなど関係なく、次の曲をかける。
 やはり曲自体は同じ。アップテンポなのもメロディも。でも、さっきのような感じはなく、ただ心を無理に浮き立たせようとするような、急き立てるような感じがする。
 急に音楽が止まる。
「どうかな?」
 ウィバートが全員を見渡して言った。「今、聴いてもらったのは全て同じ曲だ。アレンジは違うが、それによって感じ方の違いがあることは実感できたのではないかな? みんな、好みの曲があり、好みのバージョンがある。それらを通して聴いてみて、自分の心に何が湧き起こるのか、試してみた者はいるかな?」
 誰も手を挙げなかった。
「もったいないな」
 ウィバートが言う。「せっかく好きな曲なのだから、その可能性を広げるのも君たちの役目なのだよ」
「メィジャーとマイナーから喚起される感情については理解できます」
 アルティアが言う。彼女は最初の発言から起立したままだ。「マイナーからは負の感情を、メィジャーからは正の感情を喚起されるということも」
「そうだね、その通りだ」
 ウィバートはその言葉を待っていたかのように言った。「では、次にこれを見てもらおう」
 彼は教壇前面にスクリーンを引き下ろした。
 そして、先ほどと同じように曲を流す。
 まず最初に短調ローテンポで明るい映像、同じく暗い映像。次に長調ローテンポで明るい映像、次いで暗い映像。単調アップテンポと暗い映像、そして明るい映像……。
「どうかな? 一番印象に残ったのはどれだろう」
 ウィバートが黒板に大きくバツ印を書き、出来た4つの区画に数字を振った。
 そして上から時計回りにメィジャー・アップ、マイナー・アップ、マイナー・ロー、メィジャー・ローと記した。
「今のを図式化すると、こうなる」
 ウィバートが言う。「それから――」
 バツ印の中央から上下に矢印を書き足す。矢印の先にはそれぞれ暖色、寒色と書いた。
「音の心理効果に色調効果を加えると、大体このような形になる。平面で描いているが、立体として理解するように。そして、だ」
 ウィバートが教室を見渡す。「君たちにはさっき聴いたものの中で、どれが一番印象に残ったかをここに記してほしい」