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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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17. 歌声


 また食べ過ぎてしまった。
 暖野は後悔する。食べ終わってから後悔しても遅いのだが、後でするからこそ後悔たり得る。
「なんだかんだ言って、マルカも結構食べたじゃない」
 暖野が指摘する。
「私だって、美味しいものを食べるのは好きですよ」
 心外だと言わんばかりにマルカが言う。
「本当に、美味しかったね」
「ええ」
 二人して微笑む。
「明日は何がいいかな?」
「今食べたばかりなのに、もう明日のことを考えてるのですか?」
 マルカが呆れたように言う。
「だって、ここじゃ食べることくらいしか楽しみがないじゃない」
 友達とお喋りも出来ないし、新刊も手に入らない。持って来た文庫本は既に読んでしまっていた。教科書はあるが、それは楽しみのうちには入らない。
「それはいいですが……」
 マルカが言いあぐねている。
「太るって、言いたいんでしょ? そんなことくらい、わかってるわよ。でも、毎日歩いてたんだから大丈夫。絶対痩せてるはずだから」
 元の世界に戻った時、太っていたら絶対に病気か何かだと思われるだろうな――
 あらぬ心配をする暖野だった。
 異世界にいるのに、元の世界に戻った時のための体型管理もしないといけないなんて、馬鹿げているというか何というか。
 ただ、戻った時に関取級とか筋肉スレンダーになっているのは避けたいことだった。
 いずれにせよ、せっかく美味しい料理を食べたのに、それを後悔するのはもったいない。父の雄三は食べ残しには厳しい。食べ物には常に感謝するように幼少から躾けられているため、こういう時でも後悔するのは食べ物に対して申し訳ないと思う暖野だった。
「さてと、お腹もいっぱいになったことだし」
 暖野は腰を上げた。軽く右手でお腹を叩く。
「さすがに私も、食べ過ぎたようです」
 マルカも立ち上がる。
「ちょっと、付き合ってくれる?」
 暖野は言う。
「はあ、いいですが。何をです?」
「屋上。ちょっと、風に吹かれたいかなって」
「そうですね」
 屋上に上がる。
 昼には無かったはずのジュークボックスが、また置いてある。パラソルのライトは消えていたが、各テーブルのスイッチで点灯するようになっている。適当な席に着き、ライトを点ける。何の飾りもない裸電球が光を放つ。
 暖野はこの灯りが好きだ。強制的でない、瞬きもしない温かい光。寿命は短いが、その分生きている光だと感じられる。
「ねえ、マルカ」
 暖野は言った。「前に私が音楽を聴いてたとき、何か言ってたわよね」
「ええ……。それが、どうかしましたか?」
「あなた、どうしてそれを、とか言ってなかった?」
「そうでしたか?」
 マルカは言ったが、どこかバツの悪そうな顔をしている。
「あの曲、知ってるの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「知ってるのね?」
「……」
 マルカが俯く。そして、顔を上げて言った。「知っているというか、聴いたことがある気がしたのです。それも、とても哀しい歌声で歌っていたのを……」
「それは、誰が……?」
「……」
「まさか、私……?」
「その歌声は、ただの囁きのようなものでした」
 マルカが言う。「独り言のようで、心情をそのまま歌にせずにはいられないと言うか……。詩は憶えていません。聴いたような気もしますが、それが正しい記憶なのかどうかは、私にも分かりません」
 暖野はそれに返事をせず、ジュークボックスに向かった。適当に選んでプレイボタンを押す。
 ピアノとバイオリン、フルートのような三重奏が流れ出す。
「この曲」
 暖野が言う。「知ってる?」
「……」
「私は、知ってる気がする」
 暖野は、自分が音痴だと知っている。だからカラオケは好きではないし、無理に誘われれば行くが、出来る限り歌わない努力をする。でも……

  ……
  夢を、夢を 追いかけて
  いつか 叶う日まで

  野を渡る風のように
  はぜる命 思うまま
  どこまでも駆けてゆく
  息吹受けながら

  夢は 夢は 遠く 遠く
  空の果て 雲の彼方
  瞳うつる遥かなる
  あの地平の向こう……

  遠く 遠く いつまでも
  忘れない その姿
  ありがとう 夢を 夢を
  私にくれて

 歌いながら、暖野は涙していた。
 マルカが驚いたように目を丸くしている。
 歌詞は、自然と流れ出て来た。
 即興というより、まるで最初から知っていたかのように。
 自分の歌を誰かに聞かせるなど、これまで思いもしなかったことだった。だが、詞が勝手に浮かび、彼女の口を使って紡ぎ出された。
 歌い終えて、暖野は大きく息をつく。
 拍手はない。
 呆然としたマルカ、そして同じく放心状態の暖野だけ。
「ご……ごめん」
 暖野は我に返って赤面する。「私の歌なんか、聴いても気分悪くするだけよね」
「いえ……」
 マルカが言う。「びっくりしました。ノンノがそんな風に歌うのは初めて見ました」
「ごめんね。下手くそで、うんざりしたでしょう?」
「とても綺麗でしたよ。空に溶け込み、湖に流れ込む水のようになめらかな歌声でした」
「そんな……」
 さすがにそれは、言い過ぎでしょ――
 下手な漫才より受けるほどの音痴の自分に対して、それは褒め過ぎだと暖野は思った
 それに、そんな歯の浮くような台詞をどこで覚えたのだか……
 今更に真っ赤になる暖野だった。