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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 明るくなってきたところで、マルカは速度を上げ始めていた。
 出口だと思っていたのはロックシェードで、所々にある窓からは湖が見えている。
 でも、この響きは――
「マルカ、停めて!」
 暖野は声を張り上げた。
 聞こえる。これは――
 前方で、線路はまたトンネルに入っている。
 その闇の中から――
 暖野は荷物に手をかけた。マルカもそれに倣う。
「逃げて!」
 汽車が迫ってくる。
 二人はロックシェードの窓の部分まで必死に走った。
 後方で激しく金属がぶつかり合う音がする。
 汽笛が耳をつんざく。
 あと少し――
 暖野は何かに躓(つまず)いて転びそうになる。
 宙を掴む手をマルカが捉え、思い切り引く。
 間一髪だった。
 幾つもの車輪が暖野のすぐ後ろを、轟音を立てて通り過ぎて行く。
 先に開口部に達したマルカが、彼女を引きずり入れていなければ命はなかったろう。
 そのマルカは――
 マルカがいない。
 彼女を引っ張ってくれたはずの彼の姿は、開口部にはなかった。
 そもそも、二人が入れるギリギリの隙間しかない。
「マルカ!」
 暖野は叫んだ。
 まさか――
「ノンノ」
 声が聞こえる。「ここ……、ここです」
 声のする方、外に身を乗り出すと、ロックシェードの外側に張り出した岩にしがみついているマルカの姿があった。そのすぐ下は、湖面まで切り立った崖になっていた。
 彼女は手を伸ばし、マルカの手を取る。渾身の力を振り絞って、彼を何とか引き上げた。
「もう……」
 暖野が肩で息をしながら言う。「なんで、こんな所で来るのよ。これまでは全然来なかったくせに……」
 列車のことを言っているのである。
 乗りたいときには姿など決して見せなかったくせに、一番危ない場所を狙って来るとは何とも意地の悪いことである。
「私も、ここで汽車に遭遇するとは思ってもみませんでした」
 マルカも言う。
「一番起こって欲しくないことが起っちゃうのよね、ホントに」
 忌々し気に暖野が言う。
「あ……」
 マルカが言う。「それですよ、それ」
「それって、何よ」
「ノンノ、その起こって欲しくないこと」
 そう言われて、暖野も思い当たる。
「まさか」
「やっぱり、思っていたのですね」
「待ってよ。それじゃ、私が悪いみたいじゃない」
 責められているように感じて、暖野は言い返す。
「いえ、悪いとかではなく、そういうネガティブなことは考えない方がいいと、前に言ったはずですよ」
「だからそれって、結局私が悪いってことじゃない」
「だから、いいとか悪いとかではなくて――」
「はいはい。もういいから」
 暖野は面倒になって言った。「そんなことより、これからどうするのよ」
 乗り捨てたトロッコは、列車との衝突で完膚なきまでに破壊されていた。これからは歩いて行くしかない。しかも、前方には二つ目のトンネルがある。
「とにかく」
 マルカが言った。「ここを抜けてしまいましょう。向こうがどうなっているのか見てから、考えたらいいじゃないですか」
「どうせ、これまでと同じに決まってるわ」
 そっぽを向いて、暖野は言った。
「だから――」
「はいはい。分かりました!」
 彼の言葉を遮って、暖野は先に立って歩き出した。
 トンネル内を歩くのは困難だった。小さなライトでは数歩先までを照らすのが精一杯で、バラストと枕木の道床は足元もおぼつかない。枕木の間隔は歩幅とは合っていないために、余計に歩き辛かった。
 それでも、カーブしているものの、さほど長くはなかったのが、せめてもの救いだった。
 トンネルを抜けて一安心かと思いきや、そうはいかなかった。
 陽光の下に立った二人の眼前に拡がるのは、どこまでも続く崖だった。
 ただの観光で来たのなら感嘆の声を上げたであろう風景は、この状況下では絶望の吐息を催させるだけだった。
 どうしよう――
「マルカ……」
 暖野は訊いた。「どうしたらいいと思う?」
 答えは一つしかない。それは分かっている。
「ノンノは、先へ行こうと思っているんでしょう?」
 そんな彼女の気持ちなど百も承知であるかの如くに、マルカは言った。
「だって、仕方ないじゃない。またトンネルを引き返すなんて、ぞっとする」
「そうですね。私もそれは出来ればしたくない選択です」
 マルカも同意する。
 もし引き返したとしても、先へ進む方法は思いつかない。湖沿いを辿ろうにも道は無い。強引に山越えをするのは論外だ。どの方法を採ったとしても、この場所に来ることになる。
 或いは……
 もう一度沙里葉へと戻るか。また、何日もかけて。
 ここは、賭けてみるしかない。
 それだけの価値があるかどうかは不明だが。
 二人は崖っぷちの線路を歩き始めたのだった。
 夕暮れが迫って来る。
 断崖の線路は幾つものトンネルを通って続いている。幸い、最初の時のような長いものはなかったが、平地に出るのはいつのことか見当もつかなかった。
 このような場所では、駅など望むべくもない。
 これまでのところ小屋などが必ず見つかり、野宿はしていない。だが、このままでは野宿どころではない。
 今は、マルカが先を歩いている。暖野はその後をうな垂れて連いて行くだけだった。
「今日は、ここで休むしかないですね」
 マルカの声で、暖野は顔を上げた。
 線路はそこで、幾分広い沢を跨いでいる。彼の指す方を見ると、沢沿いの崖に小屋があった。
 何とか助かった――
 暖野はその場にへたり込んだ。
「大丈夫ですか?」
 マルカが手を差し出す。
「うん。ほっとしたら、力が抜けちゃって」
 彼の手を握りながら、立ち上がる。彼は、暖野の手を引いて小屋まで連れて行った。
 中は、以前泊まった作業小屋のようだった。
 ただ、片側の壁は岩のままで、楔を打ちつけたところに道具類が掛けてあった。
「しばらく休んだ方がいいですよ」
 マルカが言う。「私は、夕飯の準備をしますね。それまでゆっくりしていてください」
「うん、ありがとう。でも……」
 申し訳ない気持ちになって、暖野は言った。「マルカだって疲れてるでしょう? 私、あんまり食欲ないから、今夜はいいわ」
「駄目ですよ。そんなことを言っては。ノンノにとって――」
 何だろう、急に眠くなってくる――
 マルカの声が遠くなる。
 “思っている以上に疲れているんですよ”と言う彼の顔がぼやけてゆく。
 ごめん、マルカ――

 ……ちょっと、休むわ――