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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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6. 隧道


「ノンノ。ノンノ――」
 何よ、今は授業中よ――
「ノンノ!」
 激しく肩を揺さぶられて、暖野は目を覚ます。
「あ、ごめん。また寝ちゃった」
「ノンノ、起きてください。朝ですよ」
 ん――?
「え? マルカ?」
 身を起こす。
 粗末な造りの小屋の中だった。開け放たれたドアからは眩しい光が差し込んでいる。
「大丈夫ですか? おかしな夢でも見ていたのですか?」
 マルカが心配げに訊いてくる。
「ううん、そうじゃないの」
 暖野は軽く頭を振って答えた。「ただ、もうちょっと寝てたいかなって」
 微笑んで見せる。
「そうですか……。せっかく気持ちよく寝ていたのに、悪いことをしました」
「いいの。いいのよ」
 本気にして自責の念に駆られているらしいマルカに、暖野は慌てて言う。「大体、私は朝はこうなんだから」
 まあ、それは確かにそうだった。
「そうなら、いいのですけど」
「そんなこと、気にしないで。私って、あんまり寝起きが良くないから」
「そうでしたよね」
 マルカが言う。
 って、何でそこで納得する? しかも過去形で――?
 その声に出さない突っ込みで、暖野は完全に目覚めることが出来た。
 変な風に目覚まし効果出さなくてもいいのに――
 朝食の準備をすると言って出て行く彼を見送りながら、暖野は思った。
 でも――
 楽しい夢だった。
 やたら現実っぽい夢は何度も見ているが、それらはどれも哀しいものだった。だが今回は違う。
 魔法学校だなんて――
 暖野は声に出さずに笑う。
 そして枕元を確認する。
 そこに、魔術の本はなかった。それは昨夜の記憶通り、リュックの中に収まっていた。
 取り出して、眺めてみる。
【最新統合科学実践】
 思わず目を瞬(しばたた)く。だが、何度見てもそう書いてある。もう一冊の方も見てみたが、そちらもタイトルが変わっていた。現代魔術の部分が“統合科学”になっている。
 恐る恐るページをめくってみる。
 ひょっとしたら読めるようになっているかと思ったが、そうはいかなかった。他のページも同様に、昨夜見た時のままだ。
「統合科学……」
 暖野は呟いてみる。確か、夢の中では魔術のことをそう呼んでいた。
 そして、リウェルテという少女。自由という名前。宏美に似たあの少女は、現実世界を恋しく思う気持ちが見せたものなのだろうか。
 マルカが呼んでいる。食事の用意が出来た、と。
 暖野は本を片付けると、適当に髪を整えて外へ出た。
 心の中のもやもやを追い払うように、思い切り伸びをする。
 いい朝だった。
 今日も、ほぼ快晴だ。
 ここ、雨って降るのかな――?
 暖野はふと疑問に思った。マルカに訊いてみると、彼も雨は降っていないと言った。
「もちろん、雨は知っていますよ。でも、嫌いです。雨が降ると、散歩にもなかなか行けませんから」
「マルカって、前に誰かに遣わされたって言ってたわよね」
「ええ」
「ってことは、元々は違う世界にいたってことなのよね?」
「そうですね。そういうことになります」
「それって、どういう世界だったの?」
 暖野のその問いに、マルカがしばらく考える顔をする。
「至って普通の世界でした。ノンノが普通に考える世界です。そこでは雨も降るし雪も降る。楽しいこともあれば、辛いこともある」
 相変わらず、肝心なことに関しては曖昧な返答しかしないマルカだった。
「マルカも、雨は知ってるのね。それに、雪も」
「ええ。雪はとても好きです。真っ白に積もった雪を見るとワクワクして飛び跳ねたくなります!」
 まるで子供じゃない、と内心笑いながら暖野は思った。
 暖野自身も踏み跡のない早朝の新雪を歩くのは好きだ。
 冬の里山にクラブで行った時も、思わず駆け出したくらいだ。もっともその時は、顧問にこっぴどく叱られた。どこに側溝や洗堀(せんくつ)があるかも分からないのに無暗に先走るな、と。
「マルカも、雪が好きなのね」
 暖野は微笑んで言った。
「ええ、もちろん」
 マルカが目を輝かせて言う。
「私も大好きよ」
 汚いものを全部隠してくれるから――
 いや、違う――!
 急いで気持ちを切り替える。
「この世界でも、雪は降るのかな?」
「それは、私にも分からないです。降ってくれるといいですね」
 マルカは純粋に希望として言っているだけだろう。暖野も雪景色は見たいと思う。だが、この行き先の見えぬ旅路で雪に見舞われるのは厳しい。
 でも――
「そうね。たぶん、それはすごく素敵だと思う」
 マルカが沸かしてくれたお茶を飲む。ほんの些細なことだが、幸せだと思う。
 そうなのかもね――
 暖野は思った。
 幸せだと思う。それが幸せなんだろうな、と。
 あまりにも単純過ぎて気付かない、本当に些細なこと。それに気づけることが、幸せなのかな、と。
 ゆっくりとした時間。それでいい。
 二人は午前も半ばになって、ようやく出発したのだった。
 その日は一日、特に変わったこともなく過ぎて行った。置き石や急カーブもなく、平穏過ぎて退屈なほどに。途上にも町も駅もなく、見るべきものもなかった。
 次の日も、そのまた明くる日も、二人はただひたすらにトロッコを走らせた。
 変化は4日目になって訪れた。
 前方に山が見えてくる。それは湖へと大きく突き出し、半島となっているようだった。線路は真っ直ぐに進んだ後、山の手前で湖とは反対側、左へと曲がって行く。
 いよいよ終点なのかと暖野は思ったが、それらしい町も見えない。それどころか、線路は今度は右へと進路を取り、山へと向かっている。
 ということは――
「マルカ、見て。トンネルよ」
 カーブを曲がり切った先に、トンネルが黒々と口を開けていた。
 二人はその手前でトロッコを停め、中を覗き込む。
 照明などなく、真っ暗だった。出口の明かりも見えないため、どれほどの長さがあるのかも判らない。
「どうしますか? ノンノ」
 マルカが訊いてくる。暖野はしばらく考えた。
 湖の近くまで引き返して湖岸を歩くか、山越えをするか。いずれにせよ、道はなさそうだった。以前は左手に沿って走っていた道路も、いつの間にかなくなっている。土地勘のない山に入るのはもっての外だ。
 耳を澄ましてみる。風が流れ出てきている。それだけだった。
「行きましょう」
 暖野は言った。おそらく、これが一番の近道のはず。
 二人はトロッコに乗ると、ゆっくりと漕ぎ出した。
 小さなライトでは、ごく近くを薄ぼんやりと浮かび上がらせる程度の役にしか立たない。当然、速度も出せず、小走り程度の速さになる。
 暖野が前に座ってライトを持ち、マルカが後ろで漕いでいる。隧道内は所々に待避所が設けられていた。
 真っ暗な中を進んでいると、不安になってくる。これまで、たとえ夜であっても星明かりがあったし、そもそも照明のない所を行くのは初めてなのだ。
 こんな所で列車に遭遇したら、一巻の終わりだな――
 トンネルは途中からカーブしていた。
 暗闇に、ハンドルの立てる甲高い音とレールを走る響きだけが反響している。
 前方が明るくなってくる。
 やった! もうすぐ出口だ――!
 潮騒の響きも微かに聞こえる。
 え……潮騒――?