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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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 ベッドの向かい側の小机には、花が花瓶に活けられている。
 誰もいないはずなのに、そんなことにはお構いなく宿屋そのものが普段通り営業しているだけのようだった。
 何かで、そんな恐怖小説があったような――
 暖野はその思いを急いで振り払った。
 だが――
 前に来た時も、そうだった。
 打ち棄てられたような寂寥感はあっても、決してうらぶれてはいなかった。ただ、アゲハの邸だけが、酷く荒れ果てていた。
 廃墟と言うには、ここはあまりにも新しすぎた。
 時を遡って、最初から存在しなかったことになる――
 そんな言葉が思い出された。
 ということは、沙里葉はまだ生まれたばかりなのだろうか。以前と変わらないようではあっても、再生した世界なのだろうか。アゲハやマルカの言葉を信じれば、そういうことになる。
 眠気が襲ってくる。
 暖野は上着を脱ぎ、ネクタイをむしり取ってベッドに倒れ込んだ。
 とりあえず、眠ってしまおう。
 暖野は思った。後のことは、起きてから考えればいい、と。


 峠の小さな駅だった。
 駅のすぐ横を県道が走っており、谷間に民家が数軒あるだけだった。
 目の前を急行電車が通過してゆく。ここには普通電車しか停まらない。峠と言っても旧市街と郊外を隔てるだけのもので、山の中というわけではない。しかしこの峠の辺りだけは人家も少なく、秘境めいた雰囲気が漂っていた。
 狭いホームに申し訳程度の上屋。その小さなベンチに私は座っていた。
 鞄の中には、わざわざラッピングしてもらった小さな包み。包装紙もリボンも自分で選び、中にはメッセージカードが忍ばせてあった。
 午後4時を回っていた。彼に告げた時間を、すでに1時間も過ぎている。
 来てくれないかもしれない。いや、絶対に来ないだろうと、最初からそう思っていた。だが、たとえ1パーセントに満たなくとも、可能性がある限り来てみるべきだと自分を励まして、この駅で降りたのだった。
 彼に電話したのは、4日前のことだった。
私はラッシュが嫌いだった。それを好きな人などいないだろうが、私はそれだけで体力のほとんどを奪われてしまい、学校に着く頃には酷く疲れてしまう。
だから私は早く登校するようにしていた。その方が10分長く寝ているよりも体が楽だからだ。とは言うものの私は朝には弱く、中学時代は遅刻ギリギリ常習犯だったのだが、電車通学になって生活習慣を改めようと心に決めたのだった。
 その日は珍しく、いつもより1本早い電車に乗れた。何やら事故があったらしく、遅れているようだった。座席は全て埋まっていたが、立っていることが苦にならない程度の混雑だった。
 電車が次の駅に停まる。そこから乗って来た人の波の中に彼を見つけたとき、忘れていたはずの恋心が再燃した。
 彼は、私が中学三年の時、好きだった人だった。
夕暮れ時の教室で二人きりになるという絶好の告白のチャンスを逃して以来、言い出すこともできず諦めることもできぬまま、密かに想い続けた、その人だった。
この夏の家族旅行のお土産が、一つだけ残っていた。本当は自分のために買ったもので、もったいなくて封を開けるのを先延ばしにしてきたものだ。
 これを彼に渡す。そうでもしなければ、会う口実がなかった。
 当時クラス委員だったため、彼の携帯番号も知っていた。だが、今もそのままとは限らない。緊張に震える手で、発信ボタンを押した。
 彼の方では、かけてきた相手が私だと最初は気づかなかったようで不審がられたが、私だと知ると驚きながらも普通に応対してくれた。
 そして――
「今度の土曜日、3時に――」
 彼は、なんとかOKしてくれた。
 私は舞い上がるような気持だった。
しかし、つい昨日のこと、彼から電話があったのだ。やっぱり、行けないと。
 喜びは一瞬にして落胆へと変わった。
 落差が激しい分、衝撃も大きかった。
それでも実際に来るか来ないかどうか、この目で確かめるまでは、どうしても納得がいかなかった。
 もし――もし、気が変わって来てくれたら、どうしよう。その時に私がいなかったら、それこそ全てが終ってしまう。そんなことはないと思いつつも、私はここへ来てしまったのだった。
 電車が停まる。2,3人の降車客の中に、彼の姿はない。
 土曜日のこの時間、学生ラッシュなどない。だから学校の誰かに姿を見られる心配は少なかった。
 通過し、停まっては走り去る電車を何度も何度も見送った。
 5時になっていた。彼は来ない。来ない人を待っている私は、一体何をしているんだろう――
 でも、次の電車で来てくれるかもしれない。今帰ったら、すれ違いになる――
 一本また一本と電車を待ちわび、無念の思いで見送った。
 深くはない谷間は、すでに陽が差さなくなっていた。
 6時、ホームの照明が早くも点った。
 きっと、次で――
 諦めるのが怖かった。こうやって希望を繋いでいるうちは、涙を抑えていることが出来た。だが7時になると、それも限界だった。
 約束の時間から4時間。そんな待ち合わせがあるだろうか。
 馬鹿だわ、私……ほんとに、馬鹿――
 私は、責められる限り自分を責めた。待った時間が長い分だけ、余計に自分が腹立たしかった。
 それでも私は、家に帰り着くまで泣かなかった。電車の中で他人に泣き顔を見られるのは嫌だったし、家族に何と説明したらよいかも分からなかった。
 切なかった、虚しかった、情けなかった。泣くことをすら赦せない自分が哀しかった。
 こんな時、誰かの胸で思いっきり泣けたらと、切実に思った。