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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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7. 沙里葉の夜


 空はもう、明るさを失いかけていた。
 吹いてくる風も、心持ち冷たくなっている。
 小さく身震いすると、暖野は軽く頭を振った。
「もう、いいんですか?」
 駅舎を出て広場への階段に出た暖野を出迎えて、マルカは言った。
 暖野は頷いた。
「ごめんなさい。マルカに言っても仕方ないのに」
「いいんですよ」
 マルカが微笑む。「それで気が収まるのなら」
「ねえ、これからどうするの? もう日が暮れるわ」
「そうですね。じゃあ、行きましょうか」
「今度はどこへ行くの?」
「行き先なんて、ないです」
「なんか、軽く言ってくれてるけど、それって――」
「ノンノは、これから……」
 マルカが言いかける。
「ひょっとして、冒険の旅に出ろとか言うんじゃないでしょうね」
 それはあまりにもお話じみていると思いつつ、暖野は言ってみた。
「遠からず、その通り……だと思います」
「だと思うって……?」
 歯切れの悪い言葉に、暖野は返す。
「それは単に私がそう思うというだけで、それが正しい選択かどうかは分かりかねるということです」
「ふうん、そうなの」
 適当に返事をしながら、暖野は思った。
 当てのない旅、そんなものが現実にあるのだろうかと。
どこへ行くにしても、この地球上に名前の付けられていない場所など皆無と言っていい。流れるままに行き着く先は、結局は人の住む土地なのだ。強いて言うならば、旅の最終目的は帰還することにあるのではないか。
「帰るために?」
「その通りです」
 マルカは頷いた。「ノンノは、還るために旅をするんです。あなた自身に」
「自分自身に……ね……」
「ええ」
「ここでのんびりしててもいいわけよね」
 暖野は言った。よく見れば悪い雰囲気の町ではないし、バカンス気分でゆっくりするのもいい。湖も山もある。それもまた、旅のスタイルというものだ。
「それは、ノンノが決めることです」
「でも、ここって泊るところはあるの?」
 いくら冒険じみているとは言え、いきなり野宿は嫌だった。ワンゲル部員なのでキャンプは慣れているが、テントもその他の道具も持ってない。
「大丈夫でしょう。ノンノが望みさえすれば……おそらく」
「いつだって私の責任なのね。最後の一言が、すっごく気になるんだけど」
「だってここは、もうあなたの世界のはずなのですから。これから先は、私にとっても未知の世界なのですよ」
 確かにそうなのだろうと、暖野は思った。
「さあ、行きましょう」
 マルカに促されて、暖野も歩き始めた。
 どこかにホテルとかあるのかな、などと街並みを眺める。もうすっかり日は暮れていたが、街路には灯りが点り、適度に明るくはあった。
 暖野は無意識に腕時計を見た。
『はあ⁉』
 目が釘付けになる。
 時計は停まっていた。
 バスの中で最後に見た時間――5時46分を指して。
 考えてみれば、それは当然のことだった。そうでなければ、二つの時計に差が出るはずがなかった。
 ここでは腕時計は役に立たない。彼女は懐中時計の方を確認してみる。
 本来なら家でTVでも見ているような時間だった。
 急に空腹を覚える。
 誰もいない町で、人並みの食事は期待しない方がいいのかも知れない。食べられる木の実や果物がないか暖野は見回してみたが、普通に考えて街路樹にそのようなものが植えられているなど、あり得そうになかった。
 暖野は歩きながらホテルらしきものがないか注意していたが、どれも同じような造りで見分けがつかない。そもそも、どの窓も真っ暗なのだ。
 お腹空いたー! 喉乾いたー! お風呂入りたい――!
 そう胸の裡で叫んだ時だった。
 少し先に、1軒だけ明かりの点いた建物が見えた。
 マルカが、その前で立ち止まる。
 玄関先に、鉄の枠に嵌った木の看板が下がっている。
――宿屋――
『あれ?』
 一瞬、そう読めた気がした。もう一度確認してみる。
だがそれはもう、無意味な記号の羅列でしかなくなっていた。
「宿屋みたいですね」
 暖野の様子には気づかず、看板を見たわけでもなく、マルカが言う。「入ってみましょう」
 中は光で充ち溢れていた。
正面にカウンターがあり、その背面には細かく仕切られた棚が見える。
 ここは本当に宿屋らしかった。
 さきほど一瞬だけ読めた気がした看板のことを、暖野は思い返していた。
 ルクソールにあるような古風な電話機が、カウンターの上に載っている。その横には紙の束と羽根ペンがあった。暖野は羽根ペンの実物を見るのは初めてだった。
 右手奥はサロンになっていて、品の良さそうなソファやテーブルが見えた。
 やはり、ここにも誰もいない。
 マルカが、カウンターの左手にある廊下の方へと促す。
暖野は躊躇した。勝手に入っていいものかどうか、どうしても後ろめたい気持ちになる。
「大丈夫でしょう」
 マルカが言う。「もし誰かいるのなら、最初からいるはずです」
 それでも暖野はカウンターの呼び鈴を押して、しばらく待ってみた。
 誰も出てこないのを確認して、サロンの方も覗いてみてから、暖野はマルカに従って廊下へと進んだ。
 廊下も階段も掃除が行き届いており、塵一つない。壁には所々に絵が掛かっていて、そのどれもが暖野を魅了した。
 マルカは、二階の廊下の突き当りの部屋に、彼女を案内した。
「ここ?」
 暖野が訊くと、彼は頷いてノブに手をかけた。
 ドアは難なく開いた。
 部屋には灯りが点いていた。まるで初めから宿泊客があることが分かっていたかのように。
 室内は決して埃っぽくもかび臭くもなく、むしろ仄かに甘い香りがした。
「気に入りましたか?」
 マルカが訊く。
「え、ええ」
「では、後でまた」
「あなたは、どうするの?」
 出て行きかける彼を呼び止めて、暖野は訊いた。
「私は隣の部屋にいます。同室では都合が悪いでしょう?」
「そんなことはないけど……」
「私も――」
 言いかけて、マルカはやめた。「いえ、何でもないです。何かあったら呼んでください」
 そう言い置いて、彼はドアを閉めた。
 確かに、彼の言う通り、若い男女が同じ部屋に寝るのは問題があるだろう。彼は男の子ではあるが、何故とは知らず不思議な雰囲気がある。言葉にするのは難しいが、人間ではないような――かと言って幽霊とかそういうものでもない、もっと近しくて警戒心の必要のない何か。突き放すようでいて、親身なところのある彼の言動がそう思わせているだけかも知れなかったが、暖野はそれだけではない別の理由があるような気がした。
 取り残された暖野は、その場に立ったまま室内を観察した。
 部屋は、一人で泊まるには広く思えた。植物の図柄をあしらった絨毯、枕とクッションが二つずつ用意された大きなベッドには花柄のベッドカバーが掛かっている。壁紙も落ち着いた色調で、高級感はあるものの決して居心地の悪さを感じさせるようなものではない。
 ただ、彼女が見知った旅館やホテルと違うのは、そこにTVや目覚まし時計といったものが無いくらいだった。
 すぐ脇には、大きな窓がある。煩くならない程度に花柄が刺繍されたカーテンを開けると、駅へと続く街路が眼下にあった。
 改めて室内に目を戻す。