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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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4. 戻れない


 教室に戻ると、ありふれた休み時間の光景が展開されていた。
 フーマは先ほどのことなどなかったとでも言うように、自分の席で本を読んでいる。だが、暖野の姿を認めると、微かに頷いて見せた。
 暖野はどう反応してよいものか分からず、目を逸らす。
「あれ? まだいたの?」
 暖野を見るなり、リーウが言った。
「いたら悪い?」
「そうじゃなくて、今回は長いなって思って」
 言われてみれば、そうだ。前回までは、ほとんど細切れにしかいられなかった。今回は昼休みを挟んで授業三つ分が過ぎている。
「うん」
「寝てる間にいなくなったのかって思った」
「図書館にいたのよ」
「そうだったね。思い出した」
 リーウが言う。「あれからずっと?」
「うん」
 フーマと会ったことは言わない。また変に思われるのがオチだ。
「どう? いい本あった?」
「そうね。珍しいのがあって、それ読んでた」
「うちの蔵書、結構いいのが揃ってるからね。で、ノンノは何を読んでたの?」
「ユングの“赤の書”」
「いきなり、それを読むのか」
「何かあるの?」
「コアに過ぎると思って」
「そりゃ、幻の書って言われてるくらいだし」
「面白い?」
「うん。でも、お話よね」
「そう、お話ね。解説がなかったらね」
 確かにそうだった。解説だけでも本文と同じくらいのボリュームがあった。
「他にも色々あるのよね? 図書館には」
 暖野が訊く。
「うん。探せば幾らでも」
「時間があれば、入り浸りそう」
「本、好きなんだ」
 リーウが言う。
「うん。読むのも――」
 言いかけて暖野はやめる。
 読むのも書くのも――?
「どうしたの?」
 急に黙った暖野に、不思議に思ったリーウが訊く。
「ううん。何でもない」
「そう」
 リーウが少し間を開けてから言う。「ひょっとして、あんた見たんじゃない?」
「見たって、何を?」
「これを……」
 リーウが両腕をだらりと突き出し、手をひらひらさせる。幽霊の仕草だ。
「まさか……出るの?」
「実は、そうなのよ。図書館に一人でいると、ね――」
「やめてよ。もう図書館に行けなくなるじゃない」
「冗談よ」
 リーウが笑う。「ただの七不思議」
「七不思議ねえ」
 この世界にも、そんなものがあるのかと暖野は思った。
「音楽室とか実験室とか、そのためにあるようなものじゃない?」
「いや、それは言い過ぎなんじゃ――」
「でもね、ノンノ。何も変わったことなかった?」
「変わったことって……。何が?」
「何もなければいいのよ」
 リーウは意味深な物言いをした。
 次の授業が始まる。
 教科書は前の授業の時と同じく、机の中にあった。
「――で、人の心の構造は、生物学的発達に似ている。人間は母胎内で一個の卵子から微生物、魚類、爬虫類と成長し、約9か月をかけて人の形になる」
 教師が説明している。
「人の心も原初の形態が一番深層にあり、そこから物理学的生物学的成長を順次重ねて再表層の意識に至る。その最も奥深い部分には――」
 戻れないのだろうか――
 教師の言葉などほとんど耳に入ってこない。
 暖野は、これまでどうやって向こうの世界に戻っていたのか考えていた。
 こちらへ来るときは、眠っている時。しかし戻るときは、意識が遠のくような感じで自発的に何かをしたわけでもないし、眠りに落ちたわけでもない。
 確かにここは楽しいし、どうでもいいようなお喋りをする相手もいる。勉強も面白い。実習は――ちょっと怖いけど――
 ずっと、いられたらいいとは思う。だが、向こうの世界にはマルカがいる。向こうの時間がどうなっているのか分からないが、時計が動いている以上は時間が流れているのだろう。
 ここで数日過ごしたとしても、向こうの時間のどの時点に戻るのかも不明だ。これまでは、一晩とか居眠りしている間だけの通いだったため、深く考えたこともなかった。
 面倒臭い……
 なんで私がこんなこと、色々心配しなきゃいけないのよ――
 好きな時に好きなように移動出来ればいいのに――
「――このように、奥へ行けば行くほどその領域は拡がり、表層意識では捉えがたいものになって行く。無理に捉えようとしてもそれはあまりに漠然としたものであり、すぐさま深淵の中に紛れてしまう――」
 講義が続いている。
 教師の言うままに教科書と黒板とに交互に目をやってはいるが、心はそのどちらにも向いていない。
 そうだ――
 暖野はあることに思い至った。
 フーマも暖野と同じ通いの者だ。いつの間にかいて、いつの間にかいなくなっている。
 彼がどのように自分の世界とこちらを行き来しているのか訊いてみようと、暖野は思った。
 でも、どのタイミングで――?
 人の多い教室内で声をかけるのは気まずい。かと言って、人気のない所に呼び出すのも躊躇われる。ただ、通いの者同士でその方法について尋ねるだけなのだから、恥ずかしいことでも何でもないはずなのに。
 それでもやはり、気負ってしまう。
 訊くなら早いに越したことはなかった。また、いつの間にかいなくなられては困る。
 暖野は授業が早く終わってくれることを願った。
 そして、授業が終わる。
 それでも暖野は席を立たなかった。いや、正確には立てなかったのだ。
 すぐにでもカクラに確認したいのはやまやまだ。しかし周りから見たらそれは、授業終了と同時に喜び勇んで駆け寄っていると受け取られるかも知れない。
「ノンノ?」
 完全に固まってしまっている暖野に、リーウが声をかけてくる。
「うん?」
「どうしたの? お腹でも痛いの?」
 あのね――
「違うわよ」
 暖野は言った「ちょっと考え事してたから」
「何? 授業中も上の空みたいだったし。心理学好きみたいなのに」
「そうね」
「やっぱり、図書館で何かあったのね?」
 確かにあった。でも、それは言えない。
「図書館じゃなくて……」
「じゃあ、何よ」
「あのね――」
 言おうかどうか、暖野は迷った。だが、言ってしまってすっきりした方がいいと判断した。「私、戻り方が分からないの」
「へ?」
 リーウが間の抜けた顔をする。
「だから、元の世界に戻る方法が分からないの」
「うそでしょ?」
「うそで、悩むわけないでしょ」
「そうだけど。ホントに?」
「いつも自分でも気づかないうちに戻ってたから」
「そうよね。寝てる間にこっち来てるんだもんね」
 リーウが言う。「ってことはさ、向こうでノンノが起きたら戻るんじゃない?」
「ああ、そうか!」
 でも、待って。それじゃ――「でも、こっちからどうやって起こすの? それに、私はここにいるのよ」
「確かに」
 言いながら、リーウは暖野の頬をつねる。
「痛いって!」
「ってことは、実体なのよね」
「当たり前でしょ!」
 暖野は頬を押さえる。「それに、なんでつねる必要があるのよ」
「だって、私の頬っぺたつねったって、意味ないじゃん」
「あのねぇ……」
「まあ、いいんじゃない?」
 リーウは、さして深刻でもないように言う。「戻れるまで、こっちにいたら。元の世界で何してるのか知らないけど、問題ないなら焦らなくたって」
「それでね、カクラ君も通いだし、彼がどうやって往き来してるのか訊けないかなって思って」