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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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「タカナシの国では、名前は命と同じくらい大切なはずだ」
「そうなの?」
 姓名判断とか、そういう類の意味でなのかと暖野は思う。
「お前の国では――」
「あの……」
 暖野はおずおずと言う。「お前って……。別にいいんだけど、その……」
「ああ、そうか。お前呼ばわりされるのに抵抗があるんだな」
「……」
「じゃあ、タカナシでいいな」
「う、うん……」
「タカナシの国では、言霊という概念があるだろう?」
「言霊」
「そう、言霊だ。音の一つ一つに魂が宿る。発せられた言葉、書かれた文字に命が宿る」
「呪文みたいな?」
「そうだな。声に出せば呪文、書けば護符のようなものか。そう思っても間違いではないな。その発想には思い至らなかったが。
 昔の日本では、名を制する者はその存在を制すると考えられていた。だから日本では名前を教えることは相手に支配権を委ねることを意味していた。特に昔の女性は、男性に決してその名を明かさなかった」
「でも、それじゃ」
「どう呼べばいいか分からない。だから、本当の名前とは別の呼び名を使った。ハナとかヤエ、キヨとか。日本の昔の女性の名前が簡単で二文字か三文字が多いのはそういうことだ。本当の名前は別にあって、多くの場合は本人にすら知らされずに終わったらしい。これは日本女性の貞操観念にも結び付いている」
 あの……、貞操観念とか言われても――
「名前は」
 フーマが続ける。「古代西洋魔術でも重要な意味を持っていた。例えば、使い魔に名を与えるのは主従関係を明確にするための儀式でもある」
 言っている意味は分からなくもない。昔の日本では改名はごく普通に行われていたし、雅号や筆名など、その役に応じて名を使い分けたりもする。だが、なぜ今ここでその話を自分にするのか。
「あの……」
 暖野は言う。「どうして、そんな話を?」
「そうだな」
 フーマが少し考える目をする。「同郷のよしみかな」
「でも、あなたは」
「同じ地球人だろう? それに、俺の国も二十世紀に滅びた」
「……」
 鐘の音が鳴り、自習時間終了を告げる。時間割を知らない暖野は、とりあえず教室に戻らないと次の授業のことも分からない。
「次は深層心理だ」
 そんな暖野の思いを察したかのように、フーマが言う。「ちょうどタカナシが読んでいた本と同じ分野だ」
「そう、ありがとう」
 暖野は席を立ち、本を戻しに行く。
「また、話してもいいか?」
 背後から、フーマが声をかける。
「う……うん」
「ありがとう」
 フーマが出て行く。
 暖野は本を元の場所に戻し、図書館を出た。
 ほんのわずかな時間差しかなかったはずなのに、フーマの姿は廊下になかった。