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天空の庭はいつも晴れている 第4章 頻伽鳥の歌

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 人間がまだおらず、草木と動物しかいなかった太古。静かな夜の原で、それとも星を映す水辺で、頻伽鳥が鳴いている情景を二人は思い描いた。
「人はどうして死ぬんだろう」
 アニスは独り言のようにつぶやいた。
 ルシャデールが振り向く。少年もつられるように彼女の方へ顔を向けた。絡み合う眼差し。アニスはおずおずと問いかけるように。ルシャデールは何かを追究するように。
「何が……欲しい? それとも、何をして欲しい?」
 唐突な質問にアニスはとまどい、考え込む。欲しいもの? 一番欲しいものは、もう手に入らない。特に何も。そう答えようとしたら、ルシャデールが言葉を継いだ。
「前に、ドルメンで何か言いたげだった」
 少女の瞳がまっすぐにアニスを貫く。嘘はつかなくていい。そう主張していた。それは錐のように、強がりや諦め、やわな気遣いなどの層を突き抜けて、心の一番奥深くへ届いた。彼は唇を噛み、こみあげる想いを抑えようとした。
(いいのかな、言っちゃって。言ったからって、どうにもならないのに)
 そう思いつつも、心の奥底の望みが口から飛び出てくる。
「死んだ父さんや母さんを生き返らせてほしい。妹もおじいちゃんも。そして、みんなで一緒に村で暮らしたい」
 ルシャデールはそれを聞いて、首を横に振った。
「死んでないよ」
 アニスは理解できず彼女を見つめた。
「人は死なない」繰り返し彼女は言った。「うまく言えないけど、蛇が脱皮するような、芋虫がさなぎになって、蝶に変わるようなものだと思う。みんなが『魂』と呼んでいる目に見えないもの、あれが人の本体だから。体が使い物にならなくなっても、『魂』はちゃんと生きている。おまえの家族は今、『天空の庭』と呼ばれるところにいると思う」
「御寮様はその庭にいる人に会うことができるんですか?」
「うん」
「会いたい! 会わせて下さい!」
 アニスは泣きそうな顔で懇願する。ルシャデールの瞳に困惑が混じる。
「んーとね、それにはユフェリへ行かなきゃならないんだけど、ユフェリってのは、 つまり、あの世みたいなところなんだけど」
 肉体を持ったままではユフェリへ行く事はできない。ルシャデールはかなり自在に、体から抜け出すことができる。抜け出ている間、体は睡眠状態だ。
 しかし、普通の人間にそんな器用なまねはできない。
 どうすればできるのかと聞かれても、説明のしようがない。それは呼吸するのと同じくらい、彼女には自然なことだった。
「今まで他の人を連れて行ったことはないんだ」
 アニスはうなだれた。
「ごめんなさい。無理言って」
 二人ともしばらく無言だった。

 アニスの姿に重なって、大きなひびの入った水晶玉が見える。このままだと壊れてしまうかもしれない。
(何とか……してあげたい)
 ずん、と重いものが胸に迫ってくる。 衝動と言ってもいい、強い思いがルシャデールの中にあふれ、波を打って広がっていく。誰かのために力を貸したいなどと、今まで思ったことはなかった。
 自分が必要とされている。それが単にユフェレンの力を求められているだけだとしても、今の彼女には十分だった。トリスタンに子供がいたことは、彼女を深く傷つけていた。跡継ぎとして以外に、自分がここにいる理由はない。ユフェレンなら、別に彼女でなくてもいい。
 だが、アニスに救いの手をさしのべられるのは、彼女だけだった。
 叫びだしたいような、ぞくぞくする気持をじっくりとなだめ、ルシャデールは慎重に言った。
「少し時間くれる?」
「はい!」
 希望をつなげたアニスはうれしそうだった。
喜びは素直に表し、悲しみや腹立ちはできるだけ見せまいとする。そういうところが、健気だと人に可愛がられるのだろう。ルシャデールの場合は反対と言っていい。喜びはあまり出さず、悲しみもあまり出さないが、腹立ちと憎まれ口は抑制することなど考えもせずに表す。
「おまえの母さんって、どんな人だった?」
「怒ると怖いけど、たいていは優しかったです。山地の出身だから肌が白くて、ハシバミ色の柔らかい髪にいつも小さな花飾りをつけてました。お祭りのときに焼いてくれるピランカがとてもおいしくて……。寝る前によくお話ししてくれました。御寮様のお母さんは?」
「私の母さんは……首括くくって死んだ。たいして構ってくれもしなかったけど、要するに、捨てられたんだろうね」
 あっけらかんとした口調で、ルシャデールは言うが、アニスは凍りついた。何と慰めていいかわからず、ただ小さな声で
「ごめんなさい」とつぶやいた。
「私はカズックに育てられたんだ。かあさんは一応食べさせてくれたけど、おまえがしてもらったようなこと、話をしてもらったとかさ、そういうことは……あったのかどうか、覚えてない。たぶん、なかった。カズックは、あれはするな、これはしろ、って、いろいろ教えてくれた。カームニルはここよりもっと寒いから、冬はくっついて寝たよ。犬が一匹いるだけで暖かいんだ。それじゃ足りないだろうって、毛布をどこからか拾ってきてくれたこともあった。きっと、カズックに会ってなかったら、私はとっくに死んでたかもしれない。……それでもよかったけどね、ふふっ」
 ルシャデールは乾いた笑いを口元に浮かべる。
「それでもよかったなんて、言わないでください」アニスは悲しそうに言った。自分が経験したことがない不幸は想像するしかないが、それでも『死んでしまってもよかった』なんて物言いは聞いていて辛い。
 頻伽鳥の歌がとぎれとぎれになってきた。もうそろそろ終わるのかもしれない。
「カズックは神様だから死なないんですか?」アニスは話を変えた。
「うん、そんなことを前に言ってたよ。何千年か、何万年か生きてるって聞いた」
「どんな感じなんだろう、そんなに長い間ずっと生きているのって」
「うん。……人間と関わるのは好きじゃないみたいだ。人間はたいてい数十年でこっちの世界から向こうへ還ってしまうし、次に生まれてくる時には違う姿をしてて、カズックのことを覚えていないんだ」
「カズックは生まれ変わってきた相手がわかるのかな?」
「神様だからわかるかもしれない。」
「だとしたら寂しいですね。自分はわかってても、相手は覚えていないなんて」
「戻ろう、風邪ひいちゃうよ」
 頻伽鳥はもう飛び去っていた。

 ルシャデールが部屋に戻るとカズックがベッドのそばに寝そべっていた。
「頻伽鳥が来ていた」布団に入りながら彼女は言った。
「ああ、聞こえていた。坊やと一緒だったんだろ」
 部屋の窓が開いたままだった。カズックは普通の犬と同様耳がいいから聞こえるのだろう。
「そういや地獄耳だったね」
「おまえ、あの坊やには真正面に向き合うんだな」
「……」
「いつもの斜に構えた調子がなかった。気に入ったか、あの坊やが」
「……頼みごとされた。ユフェリへ連れて行って欲しいって」
「で、何と答えた?」
「時間くれって。他の人間を連れて行ったことないもの」
「おまえにしちゃ、慎重だな」
 確かにそうだ。いつもなら、受けるか受けないか、即決する。
「安請け合いをしちゃいけないと思ってさ。期待させすぎると、だめだった時のショックが大きくなる」