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天空の庭はいつも晴れている 第4章 頻伽鳥の歌

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もし失敗したら……アニスも彼女に愛想をつかすかもしれない。そう考えると怖かった。それに……きっと、役立たずの自分に嫌気がさす。
「どうしたらいい? 連れて行けるものなの?」
「できないことじゃないが」
「パストーレン一枚」
 ぼそっとルシャデールはつぶやいた。パストーレンは羊や牛の干し肉で、香辛料がよく効いて美味い。カズックの大好物だ。
「二枚だな」したり顔で犬はうなずいてみせる。
「わかった、二枚。明日、誰かに頼むよ」
 人がユフェリを訪れるには三つの方法があるという。
 一つは眠っている時に体を離れた状態で訪れる方法。これは夢という形で記憶に残っているが、目が覚めると向こうで見聞きしたことは歪んでしまったり、忘れてしまうことが多い。
「もう一つはおまえがやっているような、意識的に魂を体から離してしまう方法。これをできるヤツはめったにいない。そしてもう一つはある種の薬草を利用する方法。マルメ茸やヌマアサガオの種あたりかな、安全に使えるのは」
「それをどうやって使うの?煎じるとか…?」
「そのあたりはオレの守備範囲を超えてるな。ここの書庫に関連した本がありそうだが、おまえが読むには難しすぎるだろう。花守はなもりを探せ」
「花守?」
 初めてきいた言葉だった。
「専属の庭師が何人もいるような庭園は花守の守護がある。あいつらは草木のことを知り尽くしている。いい薬師や癒し手は花守に愛されているとよく言われてるぞ。トリスタンもたぶん、ここの花守に可愛がられているんだろう」
「どんな姿してるの?」
「オレがカズクシャンで、でっかい寺院に祀られていた時、出会ったのは若いねえちゃんだったぞ。でも、ああいう奴らは定まった姿を持たないからな」
 ルシャデールは腕を組んで考え込んだ。精霊の類はよく見るが、この庭で花守らしき者は見ていない。
「それじゃパストーレンは頼んだぞ。二枚だからな」
 念を押すと、彼はしっぽを左右に揺らして部屋を出て行った。 

 翌朝、朝食は気まずかった。養父はちらちらとルシャデールの方を見ていた。何か話しかけようと口を開きかけるが、彼女は知らんぷりして黙々と食べていた。
 給仕もその雰囲気に不安そうな顔だ。侍従のデナンだけが、瞑想でもしているかのような静穏さを保っていた。
 その日、授業は休みだった。ラーサ師に用事ができたらしい。暇になったルシャデールはアニスを探した。彼に、ユフェリへ行く計画を進めると、知らせたかった。きっと喜ぶだろう。
 一階大広間から庭へと出て、西廊の方へ行くと、アニスはすぐに見つかった。建物の南側で、何十個も集められた木桶をどこかに運ぼうとしている。
「御寮様」
 ルシャデールに気がついて、アニスの瞳に光が宿る。が、木桶の方をちらと見て、なぜか困惑の色がにじんだ。それに構わず、ルシャデールは用件を話した。
「本当ですか?」
「うん。いろいろ調べることもあるけど、カズックに手伝わせるから、きっとなんとかなると思う」
「ありがとうございます! 僕にできることがあれば、何でもします!」
 その時、ルシャデールは異臭に気付いた。
「何、この臭い?」
「え……と……」彼は言いよどむ。
「それ何?」彼女は木桶に視線を向けた。
「臭いものです」アニスはうつむいた。
 ルシャデールにはわからない。
「部屋に一個ずつあって……御寮様のお部屋にもあるはずです」
「あ……」
 おまるの中身だった。ルシャデールの寝室には隅に小部屋がついている。その真ん中に陶器製の便器が置かれていた。使用人の分を含めて、始末するのは僕童の仕事だった。屋敷前の道を越えて少し行くと、汚水溜めがあるのだという。
(そうか、彼はそういう人が嫌がる仕事もやらなきゃならないんだ)
薬草摘みばかりしてるわけではないのだ。自分のも片付けさせていることに負い目のようなもの感じた。
「手伝うよ」
「とんでもない!」アニスはあわてて叫ぶ。「こんなこと、御寮様にしていただくわけにいきません!」
「遠慮しなくていいよ」
 ルシャデールは木桶の取っ手に手をかける。それを見たアニスが一層あせる。
「だめです! 置いて下さい。僕が怒られます」
「怒られたら私が無理やり手伝ったって言えばいいんだ」
「だめですって!」
 アニスはなんとか彼女の手から木桶を取り返そうとした。ふたはついていたが、軽くかぶせている程度のものだ。ルシャデールが引っ張り返したはずみで、ふたが外れ、中の汚水が彼女の服に跳ねかかる。
「ああっ!」アニスは真っ青になった。
 泣きそうな彼の顔に、ルシャデールもとんでもないことになったのがわかった。
「井戸で、いや井戸はまずいね。庭の小川で洗おう。大丈夫、とれるよ。少し臭いけど」濡れているだけだけなら、小川に落ちたとでもごまかせる。
 メヴリダさえ来なければ、そうできたはずだった。
「御寮様! こんなところで何をなさっているんですか?」
 いきなり詰問調だった。おまるの木桶が並んだ中にいるのだから、何かおかしなことを始めたと思うのが当然かもしれない。
ルシャデールは答えず、ふん、とそっぽ向く。メヴリダはすぐに彼女の服の黄色い染みに気づいた。
「きゃあああ! 御寮様! 何です、その染みは!」
「見たらわかるだろ」
 ぶっきら棒に答える。侍女は何があったのか推し量るように、アニスとルシャデールの顔を見比べた。
「あの……御寮様は悪くありません」
 恐る恐るアニスが切りだす。
「僕が間違って……御寮様のお召し物にかけてしまいました。……ふたがはずれてしまって」
侍女の怒りが今度はアニスの方へ向いた。
「この間抜け!」メヴリダは少年の頬を打った。バンと重い音がして、彼は後ろによろけた。「御寮様の御召し物を汚してどうするつもりだい! おまえのみすぼらしい着古しとは違うんだよ!」
「このクソババア! アニスに何をするんだ!」
 ルシャデールはそばにあった木桶を取るや、メヴリダに向けてぶちまけた。正真正銘のつんざくような悲鳴が響き渡った。
 その後の結末は予想できる範囲内だった。ルシャデールはトリスタンの部屋に呼ばれ、お小言を頂戴する。それだけだ。
「そんなに怒られるようなことだったの?」
 彼女は口をひん曲げて養父を見据えた。
「あー、ルシャデール……」
 トリスタンは額に手を当てうつむきかげんで、嘆息する。
「私は暇だったし、忙しそうな人を手伝おうとして何が悪いの? メヴリダに汚物をひっかけたのは……確かにやり過ぎだったかもしれない。でも、あの女は事情をろくに聴きもせず、いきなりアニスを殴った」
「うーん……」
「牛みたいにうなっていないで、何とか言いなよ」
 トリスタンは額を手で支えて、困り果てていた。
「あんたそれでも」親なのか、と言おうとしたらデナンがさえぎった。
「御寮様」
 ルシャデールは侍従の方を向いた。いつも主人のそばに侍しているが、口を開く ことはあまりない。感情を出さず、いつも、鉢の中の水のように静かだ。彼は言葉を継いだ。
「人には役割というものがございます」
「役割?」