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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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「お前は知っているか? 冥府に住まうという『処罰の神』を」
 炎の湖に罪人を沈めしむ恐ろしき鬼神。それはこの世の始まりにあたり、ウシルが在を切り離した不在のうち熱や光を内在していたもの。創造主と言われるものの一つの姿である。
「俺はその言葉を聞いたのだ。この時――創造主と名を重ねる時を示した言葉をな」
 北の地下で、何者かによって切り取られた自身の「時」。技神ネイトが明かしたそれを、プタハは炎神の名を得たその瞬間に、はっきりと取り戻した。そうしてあの時目にした炎が何に由来するものであるか、その時聞いた言葉が何を示しているかを知った。まるで雷に打たれたかのように、それは理屈を超えたところで明確に、理解したのだった。
 その時のことを考えると今でも身が震える。もう一人の側近であるデヌタがあの「場」で見たという、燃え盛る水も、彼が見たものと由来が同じに違いない。あの場が冥界に最も近く、またその扉が完全には閉ざされていないために、それが生じたのだ。何の不思議があろう? 冥界にある理が漏れ出たのだと、そしてそれは、ペテハの名を与えられし創造主、彼自身の固有の名と同じ音をしたそれの業の顕現であるのだ。
「我々四属の“長”と呼ばれるものは、その名に原初の創造主の一人を表す。最も根源に近い力を扱うがゆえにだ。そして、その性質をよりよく知るものが、その力をよりよく扱いうるのだ」
 プタハは確信づいた調子で、力強く言葉を放つ。
「なればこそ、この力を得、この名を冠して生きるもの、その定めを負うものとして、根源を求めるは我々“長”の主題ともいえよう。
 風神よ、お前は知りたくはないか? 己の力の限りというものを――」
 それぞれの属性の頂点に立つものとして。プタハはそう呼びかけた。
 それらにじっと耳を傾けていたヤナセは、しばらく黙したままだった。
「……火属らしい、と言うかな」
 ふっと息をつき、ヤナセが口を開く。
「おかげで私も、自身が風属であること、この力が間違いなく我が身我が性質より出でるものであると、痛感したよ」
 風属の長に与えられし創造主の名は、アムン。
 姿を隠し、しかしすべてに宿ると言われるそれは、創世の時、天を地から分かつため持ち上げたという。天を支える柱、四方を行く風。それは天地の間に満ちて光を熱を通し、水を含み、砂埃をはこぶものである。
「我々風属の性質とは、内在し、介在するもの。分けそして結ぶもの――そのせいだろうか、己一人のためにこの力を用いようなどとは、考えないな」
 言いながらヤナセは、以前中央で見せられた過去、千年前の地属と火属の争いの様子を想起していた。プタハの主張は、まるであの時地の長の前に立った火属の男の口ぶりに似ている。平穏を退屈なだけと言い放ち、人の感情を煽るような、あの。
「――お前は北神らしくないな。まるで生命神への忠誠が感じられん」
「忠誠?」と、プタハは冷笑した。「力あるものが上に立つ、それが世の理というものだ。俺は俺自身のために生きる。当然のことだ」
「……お前が戦うのは、仲間のためでも、主のためでもなく、お前自身のためだというのか」
 ヤナセが言うと、プタハはまるでせせら笑うようにして答えた。
「理由など何になる。敵があれば討つ、そうして、力あるものが生き延びる。生か死か、二つに一つ。それだけだ」
 敵を前にし、戦う。生き延びるために。……確かに、その通りだ。
 しかしヤナセがこの場に立つ理由は、決して自分自身のためだけではない。プタハの声に、内なる思いを強く捉え、ヤナセは静かに目を閉じた。
「なるほど。……お前は、強い」
 ゆっくりと紡がれる声。生み出されたかすかな風が、ヤナセの長髪をふわりと広げた。
「けれど……どこか哀しいな。たとえこの世にひとりきりでも、その生に意味があると主張するのか。……それを否定はしない。だが、私には考えられんことだ。私は、己が守るべきものを、知っているのだからな」
「守るべきもの、か……壊したくなるな」
 プタハは嘲笑った。
「しかしおかしなことだ。我が主はまさに、この地を守るため立ち上がった。同じ目的であるはずが、なぜ敵対しているのか?」
「……」
 ヤナセは答えなかった。それが彼ら北の「真実」なのだろう、話が通じるようには思えなかったのだ。 
「まあ、そんなことはいい。俺は我が身に宿るこの力を知りたいのだ。お前は充分に俺の相手を務められるだろう」
 プタハが言うと、その戦意に応えるように炎がわき上がり、彼の身を包んだ。
「俺とお前の求める生はまた違う。だからこそ、こうして争うのだろう?」
「……そうかも、知れんな」
 炎と風の、大いなる力の長たちは、僅かに笑みを交わす。それはまるで対照的な笑みだった。


   *


「久方ぶりだな、ホルアクティ」
 青い目を懐かしむように細め、生命神は声した。
「今の姿は、まるで千年前とは違うが……」
「あなたはまるで千年前のままのようだ、兄さん」
 生命神ドサム……いや、今はハピであるその人と向き合い、ホルアクティは答えた。
 あらわになった額には燃えるように輝く赤い宝珠。金の瞳をしたホルアクティは、姿ばかりはラアのまま、決して彼のしない表情を浮かべる。苦しげに顔をゆがめ、それに耐えようとするような。
 彼らを覆い隠した魚たちは、閉じた空間のうちにひとつの風景を作り出していた。青く幻想的な輝きは、内側から見れば晴れた青空のようである。その下には青々とした草がどこまでも生い茂り、葉の少ない低木が細い幹を曲げてぽつぽつと立っている。牛の群れが湾曲した角をこすり合わせ、若いガゼルがしなやかに跳ね、羊が縮れ毛を垂らして草をはむ。……懐かしい風景、その影だった。今は見ることのない、しかしホルアクティらにはなじみの深いものだ。
「憶えているか」ハピは言う。「今は北の神殿と呼ばれるここに、ウシルの王座はあった。我らの父ウシルはここから世界を創りだし、我々もまた、ここで生まれた」
 ホルアクティは下界の様子を映し、目を細める。――憶えている。白く浮かぶいくつもの小部屋と、それをつなぐ水上の廊。昔のままではないが、形をとどめているものもある。
 あまり神殿を出なかったハピとは違い、ホルアクティはよく友人たちを引き連れ、川辺の湿地に鳥を捕りに行った。葦の小舟を浮かべて遊んだ。年の離れたこの義兄と顔を合わせる機会はあまりなかったが、会えばいつでも笑みを向け応えてくれた。
 世継ぎなど考えることもなく自由だった。義兄がいたからではない。父ウシルは世の初まりからずっと王であり、王という言葉は父を指すものだった。父が退き誰かがそれを継ごうなどとは、自分も義兄も、また他の誰もが、夢にも思わなかったのだ。
「お前にとって、この場所はどんな意味を持つのだろうな、ホルアクティ。……古き伝統、未熟な時――お前は父を継ごうという時、南方に新たな神殿を建て、そこに王座を構えた。お前にとってここは、捨て去りたい過去であるのかもしれんな」
 父の身に突如降りかかる死の影。王座を拒んだ義兄。