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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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「“ウシル”……?」
 冥府の王の名。怪訝そうに尋ねると、キレスは、面倒ごとを押し付けられたというように髪をかき上げ、 
「そうだよ。ラア……あいつはいいんだ、好きで勝手にやってるんだから。ウシルの目的は元々こっち。戦の終結にしたって、あの人にはどうだっていいことだ。ただ、あの樹――あれを、お前がどうにかしなかったら、何しだすかわかんないぞ」
 シエンは目をしばたいた。自身の行為に、死者たちの長と呼ばれる異界の支配者の意思が関係しているなど、思いもよらなかった。
「あの人、ウシルがその気になったらこの世界なんかあっという間に終わる。……ただ、今はそんな簡単でもないんだろ。もう、死んでるからな」
 それでも今回のことはよほど頭に来てるみたいだ。と、キレスは肩をすくめて見せた。
 そうして、彼は魔法陣の傍らに屈みこむと、腕を伸ばし、そこに描かれた文字を一通り確認するかのように触れた。
「……さ、この魔法陣を開くぞ。いいか、ここを開くための条件となるのは北神の詳細な情報だ。個人とその血縁者等、強く結びつくものについて。その固有名、肩書、間柄……たいていは父母だけど、なんでもいい。個人にとって近いほどいい」
 瞬間、シエンはめまいを覚えた。意識の中でぶれが生じているような感覚――歯切れよく言葉を連ねる様子が、まるでケオルそのままだと思ったのだ。
 紫水晶の透明な彩が、切りそろえた黒髪の狭間からこちらを見上げてくる。ハッと我に返り、シエンもその横に同じように身をかがめた。
「……やつのことなら分かるかもしれない。北の大地神ゲブ=トゥム、名はセト。父親もゲブ=トゥムだった。その弟、やつの叔父にあたるのが、樹神セベクであった俺の父。名はハルエルだ。そして――やつには、兄がいた」
 セトの兄……? 言いながらシエンは困惑を覚えた。そんなもの、自分は知っていたろうか……? けれど疑問をよそに、言葉はまるでひとりでに生じる。
「その名は――xpr-wa『ひとり現れ出でるもの』」
 は、とキレスの目が見開かれる。と同時に、彼の伸ばした腕の下で光がさっと立ち上がった。
「上出来」とキレスが笑う。
 ふたりは魔法陣に踏み入った。
 音もなく、満ちた光が収まると、あたりは一転、暗闇に包まれた。生暖かく湿気を含んだ空気、ぼんやりとともるかすかな灯……地下に違いない。
 まだ目が慣れないうちに、シエンは複数の気配を感じ取り身構えかけた。だが程なく、その気配のほとんどが随分と小さいことに気づく。
 青いタイルの壁に影を落としているのは、子供たちだ。それからおそらく身重の女。戦闘の力のない者を戦場から遠ざけ隠しているのだ、前の戦で自分たちが地下に逃れたように。
 悲鳴を上げるものもあったが、敵が何ともわからぬほど幼いものがほとんどだった。女が子らを引いて奥へ向かおうとしたが、そのうち年長らしい少年が棒きれを手にさっと身構えた。
「う、う……!」
 少年はちょうど自分たちが地下に逃れたのと同じ年のころだった。背後の幼な子たちを守ってやるというつもりなのだろう。しかし歯はがちがちと音を立て、その足は目に見えて震えている。
 伸ばされたキレスの腕をつかみ、シエンがそれを制した。キレスは苛立たしげに振り払うと、
「望んでんだろ、やってやりゃいいんだよ!」
「必要はないだろう」
 そう諫めると、キレスはしばらく黙ったまま少年を睨めつけていたが、断ち切るように息をつき背を向けた。
「……生かして何の救いになるよ」
 低く吐き捨てたそれを拾わずに済むよう、シエンは足を踏み出した。
「うう、ウうう、……!」
 声にならない、呻きか唸りかを洩らし、少年はじりとその足を擦る。
 シエンがその瞳に鮮やかな色を浮かばせ、牽制しようと振り返ったその時――、魔法陣が光を帯びて作動し、たちまち霧が滑りこむ。そうして、長髪の影がその二つを隔てた。
 霧の中に浮かび上がる、明るいトルコ石のような眼。その男が腕を掲げると、霧が水へと姿を変え、それは荒波のようにうねりをあげてシエンらに襲い来る。
 シエンは素早く地に屈み、壁を立ち上げるとそれを盾とした。水流が激しくたたきつけ、弾かれた水滴がなお、まるで生き物のように互いに寄せ合い新たな水流となる。ふたつの水流はまるで二匹の大蛇となって首をもたげ、壁の両脇をすり抜ける――かに見えたが、シエンはそれを許していない。その行く手を阻むようにまた壁が生み出され、弾かれた水がさらに新たな束となってうねり返す。そうして瞬く間に空間が壁で覆われていった。
 敵の姿をすっかり隠したその壁も、しかし長くはもたなかった。ほんの数歩も遠ざかる暇を与えず、ミシミシと音を立てる。
 壁が崩壊し部屋全体を呑み込まんと水流が押し寄せた時、シエンが再び壁を立ち上げるより早くキレスが結界を生み、ふたりは透明の膜の中でそれらが通り過ぎる音を聞いていた。
 北の水神がその力を収めた。水を従え操っていたその腕がゆっくりと下ろされ、その淡青色の瞳が静かに、彼らを見据える。
 ぱちんと結界を解き、キレスは前に立つシエンの腕を引いた。
「ほら、行けよシエン。お前の目的、こっちじゃねえだろ」
 戸惑うシエンを奮い立たせるように、あるいは脅すように、彼はつづけた。
「途中までって言ったろ、あとは自分でやれ。急いでやれよ、さっき言ったろ――何するかわかんないって」
 追い立てるように背を押すキレスに、気をつけてと言い残し、シエンは駆ける。
「ちゃんとやっとけよ!」
 キレスは闇に遠ざかる足音に呼びかけた。と、冷えた空気が頬をかすめ、幾筋もの水流がキレスを通り過ぎ触手を伸ばすようにシエンを追いかける。
 キレスがさっと腕を突きだすと、その行く手に透明な壁が張り巡らされ、水流は次々と飛沫を上げ突き当たる。散った水滴は再び束となり襲い掛かる――しかしそれは幾度ぶつかろうとも土のように穿つことはできない。
「俺を無視してやれると思う?」
 振り向いたキレスがニタリとしてそう言うと、水の主はあっけないほど簡単に力を収めた。諦め、ではない、その口元の笑みは、まるでこうなることが当然だと知るような、これでよいと言い聞かせるような笑みだった。
 キレスは怪訝そうに眉をひそめる。霧が、再びその場を覆い始めていた。
「月――」 
 淡青色の瞳を静かに開き、その男は言った。
「お前と再び会うこの時を、待っていた」


   *


 北の炎神は余裕の表れか、口元の笑みを崩さない。
 しかしそれは驕っているでも、こちらを軽んじているでもないと、ヤナセにはわかった。目に見えぬ気迫のようなものが、消し去られたあの炎の壁のように、背後に立ち上がっている。やはり容易にうち破れる相手ではないだろう。ヤナセの緊張に応じるように、風がひゅと音を立てて身を覆った。
「メリトゥを殺ったのはお前だな? 風神」
 目を細めるようにして、炎神はヤナセを見据えた。
「礼を言おう。お前はあるべき秩序を取り戻したのだ。――そう、我が名はプタハ。プタハ・マヘス=ペテハ。我が名ついに、いにしえの創造主の名と重なれり。定めの通りに!」
 炎神プタハは朗々と声を上げた。