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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 三、月の章

INDEX|40ページ/53ページ|

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下・かけら・2、鏡の向こう側



 報告をうけたデヌタの顔から、さっと血の気が引く。
 自室に向かう彼の後を追った知神レルが目にしたものは、予想した通り……いや、それよりずっと、残酷だった。
 ほっそりとした首の上を焼き崩された姿――あまりにも残忍なその仕打ちに、レルは思わず目を背けた。しかしデヌタは、妹の変わり果てた姿をその目に焼き付けるように、じっと、ただ無言で、映していた。
 デヌタにとって、その妹は常に心の支えであった。それが「再生者」という生の曖昧な存在であっても、同じだった。その姿を目にし、そこに確かにあるのだと、そう感じることが、彼にとっての救いであった。その支えがあってこそ、彼は冷静な中にも周囲を慮り、助言しまた決断してゆくことができた。特にレルたち三姉妹を、自身の妹と同じように、深く気遣ったのだった。
 デヌタにとって、再生者の妹は、確かに、生者だった。そこに確かに、生きていたのだ。それを……――
 ひとの尊厳などとうにないのだと、指し示すように、無残に与えられる死。
 デヌタの妹は、二度、死んだ。――殺されたのだ。
 その後、背後のレルに気づかない様子で踵を返したデヌタは、まるでいつもの彼でなかった。
 水属の長、そのもつ癒しの流れに似た穏やかさを消し去り、きんと張り詰めた気迫を帯びる。他を圧するようなそれは、水神のもう一方の性質、熱を奪い去り冷やしゆくその力が、強く引き出されているようだった。
 デヌタが横切ると、突き刺すような冷気がレルの肌を掠めた。垣間見たその横顔には、今まで彼女が目にしたことのないような、氷のように冷たい瞳。
言葉にならないほどの激しい怒りを纏い、彼はこの場を去る。それ以外の感情を凍てつかせ、ずっと奥へと押し込めるように。
(デヌタ様――)
 呼び止めることが、できなかった。自分にはその資格がない。レルは思った。
 冷静さを失うものは、戦においてその死を倍も近くに引き寄せる。その身を案ずるレルに、しかしできることは何もなかった。彼の心を支えることを望んだとしても、それは叶わないと知っていた。妹の存在を埋められるものではないのだと、分かっていた。
「……」
 レルはそうした思考を振り払うように、焼け焦げた部屋に背を向けた。
 柱の横では青のタイルを照らす薄明かりが、不安定にその光を強弱させている。
 レルは、ゆらゆらと青いタイルに落ちる自身の影をしばらく、何とはなしに映していた。
 そうするほどに、微かに耳を掠める何かを、捉える。
 レルは静かに、耳をすました。

   *

 何度も何度も、何度も繰り返されるあの言葉。
 その性質が切り離せないために、いつでも厭われ、遠ざけられ、望まれない。
(それを、押し付けたのは)
 キレスは彼自身が作り出したあの、闇色の空間に現れる。
 光源が何一つなかったそこは今、術のために、地の一部が淡い光を放っていた。
 その光のうちに、背を向け座るもの。
(お前だ――ケオル!)
 抑えることのできない憤怒。それがいつものように、彼の力となって全身を占めていた。激しい衝動に駆られ、意思を介すことなく現れるその力――多くの「再生者」の血に赤黒く染まったその腕に、キレスは異界の力を満たす。
「っ!?」
 しかし、その腕が彼に触れる前に、床に描かれた魔法陣が光を強めて反応し、火花を散らすような音を立ててそれを弾いた。
 その音に、ケオルが振り返る。
 交わる視線。再びキレスの中にぞっと湧き上がる、闇色の渦。
 咄嗟に伸ばされた右腕がケオルの喉元を掴む。勢いで床に倒れこむケオルを、組み敷くように。
「“お前さえ、いなければ”!」
 深い憎悪を帯びた声。キレスはあの言葉を、彼自身のものとして口にした。
「何度も、……何度も聞いた。全部、お前のも含めて、返してやるよ!!」
 同じものが間近にありさえしなければ、比べることもなかった。
 比べさえしなければ、こんなに惨めな思いをすることもなかった。
 幼いころには確かに、同じものだった。そのはずだった。ふたつではなく、ひとつであった。それを、
「切り離し、捨てていったのはお前だ。要らないものだと言ったのはお前だ。無くてもいいと、そう言ったのは、お前だ!」
 ケオルの顔が苦しげにゆがむ。キレスは指に力をこめた。
 だが、そのとき。
「!」
 キレスは指にかすかな違和感を覚え、一瞬ぞくりと身を震わせる。それが何かを確認する間もなく、もう一度。指の下で何かが、弱弱しい力で訴える。
 何かがそこにあった。存在を知らせる動き。規則正しく繰り返されるもの。
「……っ、あ、」
 キレスはおののくように腕を引き離した。
(な、に)
 手をみつめる。指先に残る、この感覚。
 ぎゅ、と握る。それでも消えない余韻に、体がまた、ちいさく震えだす。
 ひどく落ち着かない。なにかが心をかき乱す。
 怖い? 触れてはいけない? それとも……何?
 激しい困惑。急かすような、知らせるような、胸のうちを強く打ち鳴らすそれは、得体の知れない、……いや、知っているはずの、何か――
「戻ったんだな、全部」
 ケオルの声に、キレスははっと我に返る。そうして、ゆっくりと、瞳を彼の兄弟に向けた。 
 ケオルは少し咳き込み、呼吸を整えると、静かにキレスの前に立った。
「俺も思い出した」
 ケオルが言う。
「お前のその眼差しは、幼い頃見ていたのと、同じだ」
 聞きながらキレスの目は冷たくすぼめられてゆく。
 こいつが憎くてたまらない。今も変わらずそう思う。
 しかし目の前にあるケオルの眼差しは、あの頃とは違った。過去には本当に、鏡を見るのと同じに、憎悪を浮かべていた。けれど……、今のケオルにあるのは、戸惑いか、さもなければ、憐れみのような、何か別の色。
 ……憐れみ? 冗談じゃない。
「お前が言ったんだ。俺さえいなければ、いなくなればいいと、そう言った」
 忘れたとは言わせない。キレスは低く、声する。
 自分とそっくりの、その姿。目の前にあるそれは、“自分であるはずだった”もの。
 掴む事のできなかった未来が、形をもって目の前に現れる――その静かな衝撃を、振り払うように。
「俺のせいで母さんが苦しむから――そうだろケオル。お前は、いつも母さんと一緒にいる俺が、邪魔だった」
 母親と、二人きりだった。いつも同じ風景。ただひとつの部屋に、閉じられて生きた。
 他者の目のない世界――だからこそ、誤魔化しがきかなかった。
「そんなに好きなら、お前が一緒にいればよかったんだよ。俺は、望んでなかった。あの女の、傍にいることなんか」
 その言葉に、ケオルが何か言いたげに口を開きかけた。が、
「何もかも逆だったら良かったんだよ!」それを許さないというように、キレスはまくし立てる。「お前が、あそこを出ようとしなければ。お前が残ればよかったんだ。俺に押し付けやがって、何もかも――それをお前は、俺のせいだって言うのかよ!!」
 なぜ自分だけ許されないのか。なぜ、お前ばかり認められ、自由を手にするのか。
 目の前で。すぐ傍で。見せ付けるように。
 同じ日に、同じ親から生まれ、同じ場所で、同じように育てられながら、なぜ違ってしまったのか。