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短編集『ホッとする話』

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三 部下を持つということ 26.6.5


 今の部所に配置されて三年が経つ。私は小さな営業所で勤務しているが、良き同僚上司に恵まれて次の春には主任ヘの昇進が決定している。これも今の班長のお陰であることに間違いない。
 
 班長は私の目標としている上司の一人だ。小さいながらひとつの班を任されて、上司や中央の方針に従う義務は当然あるが一応は自分の思うように駒を動かせる位置にいる。いわゆる中間管理職と呼ばれるところにいるが、大きなストレスもなく上手にやりくりしているのが下から見てもよくわかる。
 外回りの仕事は大きな取り引きがあれば班長が同行することがあるが、基本的には主任以下の部下たちに任せている。基本は自主的な創意工夫、つまりは広い意味で懐が深い。でも、自分達がトラブった時にはちゃんと出てきてくれるところが頼もしい。出世は早い方なのに、他の同期の昇進には目もくれず今の部所に長らくいる。
 班長は、
「自分も外回りだったので、大変さや難しさは分かっているつもり。自分の駆け出しの時よりもみんなよくやってくれているよ」
と言う。決して嫌味のないリーダーの言葉と人格がチームの雰囲気をよくしていることは、本人以外は皆気付いている――。

 そして、班長は私たちを外回りに送り出す時には必ず言うことがある。それが、

  「無理するな、気ぃつけて行けよ」

だ。これは会社の規約や業績にはなんら関係の無いものであるが、班長がまだ駆け出しだった頃同じ営業所の主任にずっと言われ続けてきたことが背景にあると聞いたことがある。
 調子が良いときも、どんなに厳しく言われたあとでも、いつも必ず言っている。それで浮わついていたり沈んでいた気持ちをリセットするものだと。

 今日はちょっと大きな取り引きがあって班長も同行する予定だ。私は書類をまとめ、車を用意し出発の準備を整え、班長のデスクにの前に立った。
「準備、整いました」
「おし、……というか早いなぁ。ま、いいか」
班長は上着を羽織り、営業所の外に出ると私もその後を追い車に乗り込んだ。
「無理するな、気ぃ付けて行けよ」
それが出発の合言葉だ。私はゆっくりとアクセルを踏んだ。
「班長はいつも同じこと言いますよね?」
思わず私が班長に問い掛けると班長はハッとした。
「そうだな、ところで今日は何時着予定だ?」
「10時、ですが」
「そうか、じゃあ、高速乗らずに下道で行こう」
「わかりました」

 出発して程なくして、助手席の班長が口を開いた。
「道中いい時間になるから、さっきの質問に答えよう。俺には、目標としている主任がいるんだ――」
班長はそう言いながらあまり話さない昔話を始めた――。